きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

いつかの君を忘れない 23

あの日から五ヶ月。 
オレにとってマリナが一番大切なんだと彼女に伝えてから穏やかな日々が続いた。


「シャルル、これどうかな?」


「いいんじゃないか?」


「ねぇ、適当に言ってない?!」


「マリナは何でも似合うよ」


一日時間が取れたから今日はマリナを連れてロアールへ行くことになった。
マリナが母の暮らしていた館を見たいと言い出したからだ。


「ロアールの館は閉鎖されてずいぶん経っている。月に一度管理人が清掃に入ってはいるが、本当に何もないけどいいの?」


「うん。だってシャルルのお母さんが描いたっていう絵を見てみたいの。そこを見たら近くの美味しいレストランにでも連れて行ってくれるんでしょ?」


白の花柄ワンピースを鏡の前で合わせながら、こっちを振り返るマリナ。
相変わらず記憶は失くしたままだが、オレをシャルルと呼び、こうして話す姿は以前と変わらない。
五ヶ月分の思い出もできた。
その積み重ねでも十分だと思っている。
マリナがそばにいるだけで、生きていてくれるだけでいい。


「少し足を伸ばしてシャンボール城近くまで行けばいい店があるからそこへ行こうか」


以前、マリナと行こうとしていた所だ。


「そのお城も時間があったら見たいわ」


「そうだね」


あそこはオレにとって特別な場所だ。
理性を超え、無我夢中で手すりを越えていた。あんな経験は生きてきた中で一度もなかった。痛みよりも心が震えたことを今でも忘れはしない。
マリナが虚無の中からオレを救ってくれたのだ。


「着替えてくるわね」


そう言うとマリナはクローゼットへと消えていった。
程なくして着替えを終えたマリナが姿を見せた。膝丈のワンピースから覗かせた白い足に、つい目を奪われる。
すぐに視線を逸らした。
まだマリナとは体を重ねたことはない。
オレに好意を向け始めてくれているとは思うが、そういった関係になれるほどマリナの気持ちは到達していない。
二週間前、オレの部屋の隣に用意していたマリナ専用の部屋を使うかと尋ねたら彼女はありがとうと言って喜んでくれた。


「でも隣だと送ってもらう必要もなくなるわね」


何だかマリナが寂しそうに見えた。


「たとえ隣でも送らせてもらうよ。もちろん、おやすみのキスも忘れない」


部屋に送り届け、額にキスを落とす。
それが日課となっていた。
マリナの口から愛を告げられる日までは柔らかな唇もオレの中で封印していた。
オレの一方的な愛にマリナが溺れてしまわぬよう、時間をかけ、ゆっくりと想いを伝えていく。
焦る必要などない。
必ずまたマリナはオレに恋をする。


「できたわ」


髪をハーフアップにしたマリナも新鮮だった。最近バリエーションが増えてきたようだ。


「では行こうか」


オレ達の訪問は伝えてあった。
門扉は長年の封鎖を解き、開放されていた。
幼少期には月に一度、そして母が亡くなって以降は足を運ぶことはなかった。
それが和矢とマリナによって数年ぶりに扉は開かれた。
オレはミシェルとの決着がついた後に一度だけここを訪れた。そしてあの部屋へ入るのは今日が二度目だ。
真っ直ぐに伸びた廊下の先、ちょうど突き当たりが母の秘密の部屋だ。
部屋の鍵は母が死ぬ時まで身につけていたと聞いた。
鍵穴へと差し込み、ゆっくりと回すとガチャっと重たい音がした。
母が恋しかった頃の想いがふと蘇り、扉の向こうに母の笑顔が待っているような気がした。
ドアノブに手を掛け、そっとそれを開いた。
しんと静まり返った部屋はふわりと優しい香りがした。オレのすぐ後に続いてマリナも中へと入った。
すると足を止め、正面の壁に掛けられた大きな肖像画にマリナは立ち尽くした。


「タイトルは『私の夢』前に話したミシェルとそしてオレを描いた物だ。母がどんな思いでこれを描いていたかと思うと今も胸が痛む」


マリナはしばらく絵を見つめ、それから部屋全体をゆっくりと見渡した。


「シャルルのお母さんの夢そのものがこの部屋に詰まっているのね」


「あぁ。オレ達が共に生きるという選択肢はなかったのかと今でも思うよ」


「シャルルがお父さんの立場だったらどうしていた?」


マリナの問いにオレは迷いなく答えた。


「父は臆病過ぎたんだ。結果的に争いは避けられなかった。共に過ごしていたら、あるいはあんな争いにはならなかったかもしれない。どこかを捻じ曲げれば、必ずどこかで歪みが起きる。それなら共に過ごした結果に対応する方を選ぶかな」


マリナは再び母の絵を見つめて言った。


「ミシェルは今どうしているの?」


「資格喪失者として孤島で暮らしているよ」


「もうミシェルに資格がないなら一緒に暮らせないの?」


「一度捻じ曲げてしまった物は元には戻らない。せめて母の生きている間に何かしてやりたかった。7歳の子供には到底無理だけどね。せめてもう少し長く生きていてくれたらと今でも思うよ」


するとマリナがオレの手をそっと握りしめた。


「でもミシェルは生きてるんでしょ?だったら少し捻じ曲がってしまったかもしれないけど、お母さんの夢、叶えてあげられるのはシャルルだけだと思う」


「ミシェルはそんなこと望んでないよ」


するとマリナは首を横に振った。


「ミシェルが、じゃなくてシャルルが、よ。このまま何もしなかったら、ずっと変わらないわ。お母さんの夢も、シャルル、あんたのその痛みも」


母の夢、そしてオレの……。
マリナの言葉がじわじわとオレの心に広がっていく。
一度壊れた関係を修復できるとは思えない。取り戻せはしないとオレ自身も諦めていた。
だけどマリナは母の夢に対してオレが何をするかが大事だと言っているんだ。
気持ちはわかるが、それでも。


「ミシェルは危険すぎる。オレと同等の頭脳を持つ。おそらくアルディ家の足元を掬うことになる。自分にこんな運命を負わせた一族を放ってはおかないだろう」


「だったらその運命とやらを変えてあげればいいじゃない。大体、孤島なんかに閉じ込めてたりするから性格がひん曲がっちまうのよ。そんなのあたしが叩き直してやるわよ」


マリナの気持ちは有り難いが、ミシェルをそばに置くことは現実的ではない。
マリナに何かあってからでは遅い。脅威となり得る者を近くに置くことはできない。


「残念だがミシェルはオレに最大の苦しみをと考えるだろうな。人格形成は3歳ごろから始まり、基礎的な価値観は10歳には確立する。過去に行くことは現代科学では不可能だ。君に危険が及ぶ可能性がある以上、それはできない」


もう二度とあんな思いはしたくない。
マリナはオレが守る。
これだけは譲れない。


「それなら小さなミシェルに教えてあげればいいじゃない」


つづく