「マリナ……疑ったりしてすまない」
その瞬間あたしの心に何かが引っかかった。何だろう……この違和感。
あたしに選択肢をくれただけなのにどうしてシャルルが謝ったりするの?
考えてみればシャルルと和矢の関係が再び動き出した今、あたしと和矢だって顔を合わせる事になる。それでもシャルルはもう不安になったりしないんだろうか。たぶんあたしには気にしないって言うと思う。でも本当のところはシャルルにしか分からない。
だいたい自分の恋人が元カレと会っても気にならないって人、少ないんじゃないかしら。あたしは自分がシャルルの立場だったらと考えた時、存在さえしない想像の彼女に嫉妬している自分に気付いた。
そしてあたしは知った。和矢との新しい関係を作っていくってことは同時にシャルルの中での葛藤が始まるってことなんだって。あたしはそんな事にも気付かずに二人の友情が復活した事をただ手放しに喜んでいた。
あの時の事を忘れてなんて簡単に言ってしまったけどシャルルが何かを忘れるなんてできるわけがない。
恋人達の時間の中で交わされるいくつもの約束はその効力が永遠だと誰もが信じて疑わない。
それでも時間の経過や心変わりによって一方的にこれを無効にするのは可能だし、かつてあたしはそれをした。
たとえどんなに言葉を重ねてもシャルルはきっと過去の記憶に縛られ続けるんだ。
「ごめんねシャルル」
「マリナ?」
あたしは溢れ出す涙を止める事ができなかった。シャルルが心配そうにそっと手を離してあたしを覗き込んだ。
あたしの思いが届くには……。
あたしは一つの答えにたどり着いた。無茶な事は分かっている。でも言わずにはいられなかった。
「お願いシャルル、あたしの手術をして!あたしの中から和矢の記憶を消してちょうだい」
シャルルは食い入るようにあたしを見つめた。
「マリナ……何を言ってるんだ?」
「そしたらあんたを不安にさせずに済むから、だからお願い……」
シャルルはふっと笑うとあたしの頬を流れる涙を拭った。
「記憶を司る側頭連合野は電気刺激によって情報伝達を行う。記憶のファイリングされた物を取り出す事も理論上では可能だ。だが和矢の記憶を君から取り出してしまうと……」
そこで一旦言葉を切り、あたしの頬を両手で包み込み悲しそうな表情を見せた。
「オレとの記憶も失ってしまう。和矢がいたからこそオレたちは出会ったんだ。さっきはオレが悪かった。君をそこまで追い詰めるつもりはなかったんだ。
マリナ、君の思いはちゃんと受け取ったよ。二度と和矢の事は気にしない。忘れる事はできないが不安になったりはしない。」
どんよりとした雲の切れ間から太陽が差し込むように二人の間でずっとモヤモヤしていたものが消えていくようだった。
「シャルル、誰よりも愛しているわ」
つづく
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みなさん、こんにちは!
更新お待たせ致しました。あと二話ほどで完結する予定です。まだ書いていないのであくまでも予定ですが
今話は和矢との新しい関係が動き始めた時のシャルルの心情を考えた時にあれこれと悩み…彼の抱える心の葛藤をマリナちゃんに気づかせたかった!でも手術って…(笑)彼女の突飛な発想も有りかと思いました。以前東.大のチームが貯蔵された記憶を消去する技術を開発したと記事を見かけたのでちょっと使ってみました。