きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

時を越える夢 9

部屋に戻ったのは東の空がうっすらと白み始めた頃だった。ドアを開けるとレンが駆けてきた。

「帰りが遅いので心配してました。一体何があったのですか?」

レンにはまだ詳しいことは何も話してない。オレがシャルルの部屋に呼ばれた時、レンはこれがオレ達の最後になりはしないかとずっと不安を口にしていた。

「先に寝てろと言っただろう。後で辛くなるから今からでもいい、少し寝ておけ」

「私は大丈夫です。一日ぐらい寝なくても平気です。それより何があったのか教えてください」

オレを待っている間、不安と緊張にさらされて脳内伝達物質が過剰に分泌したんだろう。オレはキッチンからトリプトファンを配合した錠剤が入った薬瓶を取り、ミネラルウォーターと一緒にレンに渡した。
「今夜帰ったらきちんと説明する。だから今はこれを飲んで寝るんだ。30分もせずに落ち着いてくるから」

「しかし……」

納得いかない様子のレンの肩を引き寄せ、オレは強引に手を回して寝室に向かった。

「な、ミシェル様っっ……!」

体を捻ってオレの腕からすり抜けたレンは慌ててオレから離れた。
完全に目が抗議している。
カメラで見られていたらどうするのかと言いたげだ。
これでは益々アドレナリンが分泌されてしまうな。可笑しくなって思わず口元が緩んだ。

「笑いごとではありませんっ!もしもっ……、くっ……!」

レンはやむなく口をつぐんだ。
その瞬間、理性で懸命に言葉を止めたレンの姿が愛おしく思えた。
この生活を守ろうとレンは必死なのか。
これから先のことも踏まえ、確かめておきたいことがあった。
レンが事あるごとに口にしてきた不安や心配の正体だ。

物心がつく頃からオレは自分の出生について養父から聞かされていた。
オレが相続争いの元となることを恐れた実父の手で養子に出されたことも隠さず教えられた。
そんなある日、オレは養父母の元から母の待つロワールへと突然、連れてこられた。
不思議な感覚だったことを今でも覚えている。母は柔らかな笑顔でいつもオレに優しく接してくれた。だがオレにとっての母はキューバにいる養母だった。この感情は自らの意思で変えようと思ってできるものではない。優しい母の温もりをいつもどこか他人行儀に受け入れていた自分がいた。
オレは養母への思いを隠して生活を続けた。何となく母に申し訳ない気持ちがあったからだ。
そんなある日、慌ただしく身の回りの物をまとめ始める使用人達の様子からオレはまたどこかへ連れていかれると悟った。
キューバへ帰されるのか?
淡い期待は裏切られる形で、オレは大きな屋敷の地下へと閉じ込められた。
これがアルディ家のやり方だった。オレはあくまでも母の心の安定剤だったのだろう。この頃から優しく接してくれる母の思いと、オレの抱く母への思いとの相違にオレは後ろめたさを感じ始めていた。
母が亡くなった時も寂しさではなく、申し訳ない気持ちが先だった。
母はオレを愛してくれたが、オレはその思いに応えられたのだろうか。
それからまもなくオレはキューバへと戻された。数年ぶりに再会した養父母に抱きしめられた時、オレは心の中で母に詫びた。
最後まで本当の意味で愛せなかったのだと思い知ったからだ。
それがきっかけになったのかはオレ自身わからない。ただオレは大人の女性を愛せない。それは事実だった。
男が特別好きなわけではない。
でもレンは別だ。
だけど思いのすれ違いや、誤解は避けたい。あの頃のオレのように誰かの思いに悩んで欲しくない。
だから今ここで確かめる必要がある。

「シャルルと交渉して監視システムはこの部屋も含めてすべて解除させた。もちろん言葉を選ぶ必要はもうない。そこで一つ聞きたいことがある」

レンは目を見開き信じられないといった顔をした。

「解除させたって、え?それでは私はもうあなたの監視人ではなくなる、んですか?それはつまり私達はもう……?」

レンの動揺が伝わってくる。

「そう、もうこの生活は終わりだ。そしてオレはここを出て行く」

オレは事実を淡々と告げていく。
レンの瞳が不安そうに揺れている。

「どこへ行くのですか?!まさか孤島?!」

レンを不安にさせたいわけではない。オレはすぐにレンの言葉を否定した。

「昔、暮らしていた館をもらう話になっている。レン、お前も一緒に来ないか?」

レンはホッとしたのだろう。安堵の表情を浮かべた。そしてハッと何か思い至ったようだ。

「それは、あの、その、使用人として……ですか?」

恐るおそる聞いてきたレンにオレは近づきそっとその体を抱きしめた。

「恋人としてだ」

「ミシェル……様……」

レンの手がオレの背に回る。レンの温もりが伝わってくる。

「ミシェルでいい」

するとレンは震える声でオレの名を口にした。

「ミシェル……」

心地よい響きにこれまで抑えてきた思いが溢れ出し、オレは堪らずにレンの唇を塞いだ。

 

つづく