きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

愛は記憶の中へ 34

ここで泣いたら変に思われる。
目の奥にグッと意識を集中させてあふれ出そうな涙を懸命に堪えた。
だけど今度こそ間違いなく、目の前にいるのはシャルルだ。
そう思うとすごく悲しかった。
数年が経った今でもシャルルとミシェルは見分けがつかないほどよく似ている。
だけどあたしと二人との関係はだいぶ変わってしまった。
今はあのミシェルがあたしに親切にしてくれて、逆にシャルルには距離を置かれるようになってしまった。
自分で選んだ道とはいえ、二人を目の前にすると抑えていた感情が込み上げてくる。
この思いも涙もシャルルに気づかれちゃいけない。
そんなあたしの思いなど知らずにシャルルは一気に駆け寄ってくると息もできないほど強く、あたしを抱きしめた。

「マリナ……すまなかった」

「……シャ、ルル?」

突然のことで涙はどこかへ消え失せ、絞りだすようなシャルルの言葉だけがあたしの頭の中をぐるぐると回る。
これは一体どういう状況?!
なんで抱きしめられてるの?!これじゃ距離を置かれるどころか、むしろ近すぎる。
それにシャルルが謝ったことも驚きだけど、決してシャルルのせいじゃない。
バルコニーに締め出されたのは、たしかに寒くて怖くて不安だったけど、あれは美紗さんがあたしとシャルルの仲を誤解してやったことよ。いわゆる嫉妬よ。
それなのにシャルルが謝るってことは、やっぱり婚約者がしてしまった責任を自分が代わりにとるってこと?
それなら余計にこんな風にあたしを抱いたりしたらまずいんじゃないの?
それこそこんな所を美紗さんに見られでもしたらもっと大変なことになるわよ。
それに急に抱きしめらたもんだから、あたしにはどうすることもできなかったんだけど、あたしの右手にはさっきミシェルが入れてくれたココアのカップが……。

「あーぁ、オレの部屋を汚すなよ」

ミシェルはうんざりした声でそう言った。
そうなのよ。
かろうじてカップは離さずに持ってられたけど中身のココアはだらだらと絨毯を染めている。

「そもそも、ここはオレの屋敷だ」

シャルルはそう言うとゆっくりと腕を解いてあたしの両肩に手を乗せ、あたしを見つめた。
ミシェルは黙ったまま深いため息をつく。

「寒かっただろう。指先や足先に痛みはないか?」

あたしを労るようなシャルルの言葉に懐かしさをおぼえた。
でもこれは今だけなんだと思うと切なさが胸に広がり、心にチクリと棘が刺さった。美紗さんの代わりにしてくれてることなんだ。

「大丈夫よ。どこも痛くないわ」

なんとか普通に答えることができた。

「よし、痛みがないなら問題はないだろう。まずはバスで体を温めるんだ。ディナーはその後になるけど、いいね?その前にホットワインでも飲むかい?マリナ……もう何も心配しなくていい。すべてオレに任せるんだ」

そう言われてもあたしは困惑するばかり。だってそんなにしてくれなくても別に訴えるとか、マスコミに言うとかしないわよ。お邪魔している身だし、ディナーだけちゃんとしてくれればそれで十分よ。それとホットワインっていうのもちょっとだけ興味がある。
するとミシェルは両手を頭の後ろで組むと呆れたようにバルコニーに面した窓辺に向かって歩き出す。

「このバカ、全然わかってないみたいだぜ?ワインには反応しているようだけどな。それよりオレの待遇改善を要求する。それだけの仕事はさせてもらったぜ」

さらりとした髪を揺らしてミシェルは振り返った。

「そのようだな。一応、要求を聞こうか」

ミシェルに向けられたシャルルの眼差しがどこか優しげに見える。

「親族会議への参加権および戸籍の復活。それから……自由」

「考えておこう」

窓の外を眺めるミシェルの背中に向かってそういうとシャルルは「行こう」とあたしの背にそっと手を添えた。

 

つづく