「こちらは林檎のエクレアマスカルポーネ添えでございます」
目の前に置かれたのは金で縁取られた上品な洋皿に乗ったデザートだった。
きゃっ♡
美味しそう!
エクレアの横には二種類のシャーベットが添えられ、ホイップに乗せられた苺やチョコレート細工があちこちに散りばめられ、黄色やオレンジ、赤色のソースでチューリップの絵まで描かれている。
「うわぁ、可愛い!これのおかわりってありますか?できれば二つお願いしたいんだけど」
「え、えぇ……ご用意できるかとは思いますが」
じゃ、先にお願いしておこうかな。
食べ終わってから頼むよりその方が待たずに済むものね!
そう思って口を開きかけた瞬間、
「しなくていい」
シャルルはため息をつきながらメイドさんに目を向けた。
「セシル、あの時もマリナはこんな感じだったのか?」
あの時って何よ?
「はい。デザートを何度かおかわりされてとても気に入っていただいたこと、今でも印象に残っています」
「それでマリナのことを覚えていたというわけか」
あっ……!
その話を聞いてるうちにあたしはあることを思い出した。
来賓扱いを受けたあの時、あたしの世話をしてくれてたメイドさんがこの人だったことを!
あたしが美紗さんの部屋に行った時、中から出てきたのもこの人だわ。
だからあの時あたしを見て、目を見張るそぶりをみせたのかもしれない。
前はあたしがこの部屋を使ってたのにって美紗さんに文句を言いに来たのかと思ってヒヤヒヤしたのかもしれない。
「わかった、もう下がっていいぞ」
「はい、では失礼いたします」
セシルさんはお辞儀をすると空のワゴンをカラカラと転がして部屋を出て行った。
「あーぁ、デザート……」
シュンとするあたしに、
「ほら、これならいいだろ?」
シャルルが徐ろに自分のデザートをあたしの前に置いた。
「いいの?」
「オレは二度と君を手放すつもりはない。たとえ君が心変わりしたとしてもだ。その覚悟ができているならいいよ」
その言い方はとても優しく、シャルルは冗談っぽく笑って見せたけど、青灰色の瞳はあたしの心の奥底まで見定めるような鋭さがあった。
小菅でのことを言われているのはすぐにわかった。
二度とあんな思いはしたくないとシャルルは言っているんだ。
今のこのあたしの想いは一時的なものではないのかと聞かれているんだ。
「どうした、やはりやめておくか?」
試すようにあたしに笑顔を向ける。
諦めにも似たシャルルの自嘲的な笑みが悲しかった。
シャルルにこんな顔はさせてるのはあたしだ。こうして向き合っていてもきっとシャルルの不安はずっと消えないのかもしれない。それだけあたしはシャルルを傷つけてしまったんだ。
だから今ここでちゃんとしなきゃ。
デザートはその後でゆっくりといただくことにしよう。
そう考え直したあたしは手にしてたフォークをゆっくりとテーブルに置いた。
その瞬間、シャルルは堪らないといったように首を振ると立ち上がりながら、膝の上のナプキンをテーブルに置いた。
「自分の分だけでも食べていくといい」
目も合わせずにそれだけ言うとシャルルは席を立ち、ドアに向かって歩き出す。
「ちょっと、待って」
あたしの言葉にシャルルは足を止めた。
「オレを生かすも殺すも君だけだよ。まさに君はジギタリスのようだ」
シャルルは振り返ることなく、わずかに顔をこちらに向けただけだった。
その横顔は切なくなるほど、悲しい影を落としていた。
あたしは堪らなくなり、背を向けるシャルルに向かって言った。
「あの日のこと……何度も後悔したの。だから二度とあんたの背中を見送るようなことはしたくない!だから本当は今日じゃなくて明日ーー」
「まさかっ?!」
シャルルは振り返り、あたしの中に真実を探し出す。
その瞬間ものすごい勢いで駆け戻ってきて折れそうなほどあたしを抱き寄せた。
「それでわざわざこのタイミングでパリまで来たのか?!」
「い、痛いよ、シャルル」
それはシャルルの腕の中で溺れてしまうかと思うほどの力だった。
「もう離さないって言ったろ?」
「あたしこそ二度と離れないわ!小菅で別れてから明日でちょうど4年。あの日のやり直しをするために、あたしはここまで来たんだもん」
「そうだな。だが君と別れたのは正確には12月30日の早朝だ。オレが自らの運命に勝利した日だ」
「あんたの勝利をそばで見てあげられなくてごめんね」
「これからずっと一緒にいればいいさ」
シャルルの唇がふわりとあたし唇に重なった。
つづく