「早かったな。ちゃんと温まってきたのか?」
キッチンにいたシャルルがこっちを振り返って言った。
「そう?いつもよりずいぶん長く入ったわよ」
だってシャルルの部屋のバスルームはまるで小さなローマ神殿のようだったのよ。
あれじゃ、あちこち見ているだけで普通に長湯になるわよ。
天井まで伸びた白色の柱はアーチ状でつながっていて、天井には金色の装飾が施されてるし、床は一面に大理石が敷きつめられていて、中央には噴水まであった。
その流れ落ちるお湯は、何段にも積み重ねられたガラスの器の上に次々と注がれていって、きらきらと光る雫はまるでシャンパンタワーのようだった。
シャワーブースしかないあたしの部屋とは大違いだった。
「君の風呂嫌いは変わってないようだな」
あ……!
シャルルは諦めにも似た小さなため息をつくと、ガラス製のマグカップを手にこっちへやって来た。
「だからあたしをあの部屋にしたの?!」
「それも理由の一つだけど、一番は安全面。オレの目的は君に揺さぶりをかけ、本心を言わせることだったからね」
「ほ、本心って何よ?」
「オレが忘れられなかったんだろ?」
「い、一体いつから?!」
シャルルはクスッと笑うと満足げな顔をした。
「大使館で警備員に拘束された君が、せめてカークにだけでも会えてよかったと言ったあの時だよ。だけでもって事はカークは『ついで』だったってことだ。つまり君の目的は他の誰かに会いに来ることだった。あとはフランスでの君の交友関係を考えれば、その誰かがオレだと考えるのはごく自然なことだし、その理由も想像がつく」
つまりシャルルはあたしの気持ちを知ってて本心を言わせるためにわざとあのシャワーブースだけの質素な部屋を使ったってこと?
「カークが忘れられなかったと君が言い出した時にこの作戦を思いついた。君への罰をね。まさか美紗がオレより先に君に接触していたとは思わなかったが」
罰……?!
「そのためにはまず君に引け目を感じさせ、更に美紗に対して嫉妬してもらう必要があった。それで君にはあの部屋を、そして美紗には《chambre M》を使わせた。でもこれにはリスクもあった」
「どういうこと?」
「追い詰められた人間は時に極端な行動に出ることがある。それを防ぐにはあの部屋しかなかった。強化ガラスを使用したフィックス窓と浴槽のないシャワーだけの浴室。あの部屋はたとえその身を傷つけようとしても何もできない」
「それじゃ美紗さんを隣の部屋にしたのって、そういう関係だったからってわけじゃないのね」
シャルルの凍りつくような視線が刺さる。
「さっき言いかけてやめたのはそれか。言いにくそうにしてたから何かと思えば、そんなことか」
「そんなことかって……」
シャルルは堪らないって顔をすると、あたしを抱き寄せた。
「そんなことだよ、マリナ。オレは好きでもない女を抱く趣味はない。そんなことより君は自分が今、どんな状況にあるのかをもっと自覚したほうがいい」
艶やかな瞳が熱を帯びたようにまっすぐにあたしを見つめ、シャルルの手があたしの頬に伸びた。
シャルルが触れた部分から徐々に熱くなる。
「シャルル……?」
「部屋には二人きり。君はオレと同じシャンプーの香りを身にまとい、あまつさえその肌を晒して、嫉妬まで抱いてくれたとなれば、君を愛するオレとしてはこれ以上は理性で抑えることは難しいんだが」
肌を晒すってスカートなだけでしょ。
いつもは青灰色の瞳が、熱を帯びて青く艶めいている。
「待って、シャル……」
その言葉も虚しく、あたしは抱き抱えられていた。
「マリナ、寝室に行くよ」
え?今?
焦るあたしをよそに、シャルルはあたしを抱えたままリビングを横切り、寝室へと歩き出した。
「ググゥーー」
その途端、あたしの腹の虫が辺りに響き渡った。
「あはは、昨日からろくに食べてなくて」
気まずさにあたしが苦笑いを浮かべると、シャルルは諦めにも似た表情を浮かべた。
「君は色恋よりも食欲だったな」
つづく