忘れられないもの27
ー翌日ー
「マリナ、早くおいで」
差し出されるシャルルの手に吸い寄せられるようにあたしは手を伸ばした。
こんなに近くで見るのは初めてだし、想像していたよりもずっと大きい機体を見上げているとタラップを上りかけていたシャルルがあたしを振り返ってそう声をかけた。
今朝からあたしは驚くばかりだった。
プライベートジェット専用のターミナルはホテルと直結していて、入国審査も普通なら十分から三十分はかかるっていうのに列に並んだりする手間もなく三分も掛からないで終わった。
シャルルに手を引かれてプライベートジェットのタラップを登って機内に一歩足を踏み入れた瞬間その豪華さに言葉が出なかった。
飛行機の中なのかと思えるほどのゆったりとした空間に大きなソファセットが置かれていてまるでホテルのようだった。
「マリナ、安定飛行するまでそこに座ってベルトをして」
シャルルに促されてあたしはシャルルの隣のソファに座ってベルトをつけた。
「何だか飛行機の中じゃないみたいね」
「パリまでは移動距離が長いから一般旅客だとファーストにしても疲れるからね。うちのジェットなら書斎で仕事もできるし、奥の寝室で休む事もできるから移動時間を有効に利用できる」
シャルルはそう言うとシート脇に備え付けられている受話器を手にした。
「私だ。こちらの準備は出来た。出してくれ」
程なくしてジェットは地上を離れ大空へと飛び立った。シートに背中を押し付けられるような感覚が伝わってきて窓の外を見ると眼下には海が広がり何もかもが小さくなっていく。しばらくするとシャルルは自分のベルトを外して立ち上がった。
「安定飛行に入ったからもうベルトを外していいよ」
そっか、安定飛行に入ったら機内を自由に歩いてもいいんだ。普通の飛行機だとトイレに行く以外は立ったりしないけどね。
「奥でのんびりしようか?」
シャルルの後に続いて機内の奥へ向かった。金色の縁で囲われたガラスの扉の向こうはレストランみたいになっている。さらにその奥には左右に扉があって一つはシャルルの仕事部屋、もう一つがシャワールームとベットルームがあった。
あたしのアパートよりも全然広くて飛行機の中で暮らせそうなくらいだった。
「凄いわねっ!飛行機の中なのに部屋がいっぱいあって空飛ぶホテルみたい」
あたしははしゃぎながらあちこちの部屋を見て回っているのをシャルルは後からついてくる。
「マリナ、ワインでも飲む?」
「うん。あとおつまみもあったら嬉しいな」
「了解。何か持ってこさせるからそこに座って」
どこにいたのかCAさんがワインとおつまみを運んで来てくれた。
「ねえCAさんってどこにいたの?」
「彼女はコックピット横で待機している。用がある時だけ内線で呼ぶんだ」
このプライベートジェット専用にアルディ家には機長さんとCAさんがいるんだって。何から何まで凄すぎてあたしには想像もつかない世界だわ。
シャルルは黄金に輝くワインをグラスに注いであたしにグラスを渡す。
「じゃあ、オレたちの再会に乾杯だ」
グラスを合わせあたしは一気に飲み干した。喉を通っていく冷たいワインで身体がボワっと熱くなる。
フルーツの香りが口の中いっぱいに広がってとても飲みやすくて美味しい。
おかわりをしようとボトルに手を伸ばそうとしたらシャルルがボトルをさっと取り上げてあたしを妖しげに見つめた。
「マリナ、ほどほどにしておくんだよ。あとの楽しみがなくなるからね」
つづく
******************
みなさん、こんにちは!
いつもの通り、限定記事までたどり着けませんでした
次回はシャルルの言う「楽しみ」になるかと思います。
梅雨も明けて毎日暑いのでみなさん体調管理にお気をつけ下さいね!