きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

愛は導かれてパッサカリア 12

階段を降りる足がガクガクする。
五年ぶりに見るシャルルは中性的だった十代の頃とは違い、大人の男の人になっていた。胸も肩もがっちりとは少し違うけど、逞しくなっていた。
焦がれていた時期が長かったせいか、胸がドキドキする。

「マリナさん、隠れてて下さいと言ったじゃないですか」

確かに言われたけど。

「梶さんは知らないけど華麗の館って拷問する所よ。連れて行かれたらタダじゃ済まないわ」

あの日のことは忘れもしないわ。
シャルルがコンピューター回路のロックを武器にミシェルと戦ったこと、そしてあたしへ向けられていた深い愛を。
今となっては過去のこと、ここへ来てから割り切ったつもりでいたけどまだ胸がチクリとする。
あたしはシャルルに向き直った。
ひとまず梶さんは関係ないって言わなきゃ。

「シャルル、違うのよ。この人はその……あ、あんたの婚約者の家の人達からあたしを守ってくれてただけのただの警備員の人よ」

また胸の奥がチクリとした。
シャルルの幸せを思うなら祝福すべきなんだろうけど、まだあたし、そこまで気持ちの整理ができていない。

「そうかフレミール家もよく調べたものだ。まさか君にたどり着いていたとはね。そうか動きがないと思っていたら君の方へ行っていたか」

シャルルはそう言うと、何だか面白い話でも聞いたみたいな顔をした。

「結婚の条件をよくするための交渉にあたしを使うんじゃないかって大佐は言ってた。だから保護するって」

シャルルはあたしの話に頷くと、梶さんに視線を向けた。

「おそらく君の最終任務はオレを煽りつつ、マリナと引き合わせること。そうだろう?マルセル」

マルセル?
梶さんは目を見張っている。

「シャルル、梶さんを知ってるの?!」

「サーラ・オルビエの末息子、マルセル・オルビエ。たしか18で日本に渡り、そのまま現地の日本人女性と結婚したはずだ。その女性の性が梶なんだろう。幼少期に一度顔を合わせた程度だ。苗字を聞いてもわからないはずだ」

「え?梶さんがサーラさんの?!何で分かったの?」

「サーラがオレを坊っちゃまと言ったんだ。おそらく息子が数年ぶりに帰郷し、サーラは懐かしさから、その頃の気持ちに戻り、つい出てしまったのだろう。それでピンと来てジルに調べさせたんだ」

そうして右耳に入れていたイヤホンみたいな物を指で差して見せた。

「今、ちょうど結果が来たところだ」

「シャルル様、ご無沙汰しております。先ほどは大変失礼致しました」

梶さんは深々と頭を下げた。

「ルパートに言われて仕方なくでもあったんだろう。今回はサーラに免じて許そう。それにしてもルパートの奴め日本にいたサーラの息子を使うとはな」

「一体、何がどうなってるの?!梶さんがサーラさんの息子で大佐ともシャルルとも子供の頃に会ったことがあるってことはフランス人?!」

あたしが頭をぐしゃぐしゃっとしていると、梶さんはくすっと笑いながら優しく教えてくれた。
サーラさんはフランス人だけど、お父さんが日本人だから梶さんは日仏のハーフで、どちらかというと兄弟全員がアジア系の顔立ちなんだって。
それであたしは勝手に日本人だと思っていたんだ。
普段は日本で特殊警護員SUPとして働いているんだけど、今回は大佐の依頼を受けて、日本であたしの警護をするためにあのスーパーに潜入していたんだって。SUPって言えば民間の警護スペシャリスト集団よ。
梶さんが言うにはあのだらしない印象にしていたのは潜入のための演出だったらしい。それにしても黄ばんだタオルまで用意するなんてね。
たしかに今はきっちりとスーツ姿で決まっている。
知らない事ばかりで驚きの連続のあたしが落ち着くのを待ってシャルルが切り出した。

「向かう先はみな同じということか。マリナ、その前に一つ確かめておきたいことがある」

シャルルはあたしに近づくと正面に立ち、まるで親が子供に話して聞かせるようにあたしの両肩に手を乗せた。

「このままパリで暮らさないか?」

「このまま、ここに?」

「そう。もちろんこの別邸ではなく本邸でだよ。君がここにいる限りルパートは帰宅できないだろうしね」

「それはいいけど今度は本邸で保護するってこと?でもあたしがお屋敷に居たらあんたの婚約者だっていい気はしないんじゃない?あんたの結婚式って一体いつなのよ?それまでいなきゃだめってこと?」

「そうだった」

シャルルはため息をつくと思い出したようにそう言った。

「そうだったじゃないわよ。もっと婚約者に気遣った方がいいわ。同じ屋根の下に女がいたりしたらそりゃ怪しまれたっ……て」

これって……!?
そこまで言ってあたしはハッとなってシャルルを見た。
シャルルはそうだよと言うかのように頷いた。

「それで大佐はここに一度も帰って来なかったっていうの?でも結局は変なうわさは立てられちゃってたけどね」

「そんな物は好きにさせておけばいいって思ったんだ。大事なのはオレに対して潔白を証明できるかだからね。ルパートの判断は賢明だったってことさ。君がオレにとってどういう存在なのかをルパートは君自身よりも、よくわかっているということだな。そしてオレ達を利用した」

「利用したってどういうこと?ちゃんと説明してよ」

シャルルにとってのあたし?
そんなのはわかっているわよ。大切に思ってくれていたのも知っているわ。
でもそれはもうずいぶん前の話よ。

「オレは望まない結婚を取りやめて、マリナ、君と幸せになれるってことさ」

その瞬間、あたしはシャルルの胸に引き寄せられ、息もできないほど強く抱きしめられた。

「愛してる、君だけを永遠に」


つづく