きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

愛は記憶の中へ 20

この声は……!
思わず振り返った瞬間、懐かしさが胸いっぱいに広がった。
あの頃よりも少しだけ伸びた髪、肩幅や首すじも十代の頃よりも逞しくなり、どこから見ても大人の男性だけど、繊細さを纏ったままの姿はため息が出るほど綺麗だ。
そんなシャルルが眩しく、同時に自分がひどく惨めに思えた。
いくつもの想いが溢れ出し、鈍い痛みとなって胸を締めつけていく。パリへ行こうと決めた時、不安がなかったわけじゃない。
でもどこかであたしは傲っていたんだ。きっとシャルルは驚きつつもあたしを受け入れてくれるだろうって思い上がっていたんだ。
だけど現実は違っていた。
シャルルは婚約者と新しい道を歩き始めていた。それなのにあたしは勝手に過去のシャルルと向き合っていたんだ。
あたしを好きだといってくれていたシャルルはもうどこにもいないというのに。

「シャルルさん、急にどうしたの?」

さっきトイレで話しかけてきた婚約者だ。たしか、榎森さん。
彼女はシャルルの隣でぴたりと止まると、置き去りにされた子犬のような瞳でシャルルを見上げた。
シャルルはそれには答えず、視線をあたしに向けたままだ。
そういえば何かの手続きをするために二人で来ているって言ってたわね。

「マリナ、なぜここへ来たのかと聞いている」

シャルルの刺すような言い方にあたしは戸惑った。きっと今さら何をしに来たんだと思っているんだ。
自分ではなく和矢を選んだのは君だろうと、まっすぐに向けられる視線がそう言っているようだ。
目の前には婚約者もいる。この場で真実なんて誰も求めてなんていない。
何より惨めな自分を守りたかった。

「カークに会いに来たの」

小さなプライドを守った代償は苦しみだった。

「おいっマリナ、お前……」

カークは息を飲み、黒い瞳がわずかに揺れた。

「忘れられなくて」

もう長くシャルルに言いたかった言葉だった。それなのに……。

「そうか。和矢を忘れて次はカークってわけか」

シャルルは小さく息を吐き、目を細めた。冷たい視線が胸に刺さる。
前にもこれと同じようなことがあったわ。
でもあの時は怪我をしてた上にあたしを庇って激流の中でどこかに体を叩きつけられ、意識を失ったカークを診察したシャルルがカークを侮蔑するような発言をして、それに怒ったあたしにシャルルが言った言葉だ。

「そうよ」

あたしはぎゅっと唇を噛みしめた。
シャルルに伝えたかった言葉がトゲとなりあたしに突き刺さる。
あたし一体、何をしに来たんだろう。
シャルルはこんなに近くにいるのに、想いはこんなに溢れているのに。
真実だけが遠くへ遠くへと離れて行く。
それでも……つないでいた手を放したのは、あたしだ。

 

 

 


つづく