「マルグリット島は譲渡できない」
奴らが部屋を出て行くのを見届けてオレはそう切り出した。
アネットは頬をこわばらせ、息を呑んだ。
目にはうっすらと涙を浮かばせ、それを隠すように何度も瞳を瞬かせた。
「やだ、私ったら」
アネットは慌てて涙を拭うと小さく笑顔を作って見せた。
「島を譲るなんてそんなのは無理ですものね」
「そうじゃない!」
オレは大きなストライドでアネットに近づいた。アネットは島が惜しくてオレが彼女を見捨てたと思ったのだろう。
それでも気丈に振る舞おうとする姿に思わず語気が強くなった。
オレはアネットの隣に腰掛け、彼女を真っ直ぐに見つめた。
「資産の譲渡などあいつのサインを真似てするだけならいくらでもしてやる。だが、さっき奴らは指紋認証と言ってただろう?いくら遺伝子レベルまで同一の一卵性双生児といっても指紋までは一緒ではないんだ。もしあの場で応じていたらすぐに認証ではじかれてオレだとばれてしまう。だからできなかった」
「指紋が?」
「そうだ。指紋と声紋だけは違う 」
前に声紋の違いをあいつに利用されたことがあったな。
「確かにお二人は声も違いますね」
声も?
「声も、とは?」
「いえ、その……」
アネットは一瞬ためらうように言葉を濁した。
「何だ?」
「前からお二人の雰囲気は少し違うなって思っていたんです。ミシェルさんは太陽の下で自由に育てられてきたって感じがします」
アネットは照れたようにうつむいた。
たしかに名門アルディ家次期当主として厳しく育てられたあいつとキューバで背負う物もなく過ごしてきたオレとでは何かが違うってわけか。
彼女は見た目ではなくオレたちがそれぞれに持つ独自のカラーを見分けていたんだ。
「でも指紋が使えないってことはどうするおつもりなんですか?」
オレに見捨てられたわけじゃないとわかってもアネットが危険に晒されていることには変わりはない。
ここはオレが実はミシェルだと明かし、代わりにあいつを交渉の場に立たせるしかないか。
ただ問題が一つ。
あいつが島を譲渡するという保証はない。
だとすればやはり奴らとの交渉の前に逃げ出すしかない。
奴らは確か五人だ。いやそれ以上かもしれない。だが今しかない。
「ここから逃げるぞ」
「え?」
アネットは不安の色を隠せないようだった。
「オレに任せておけ。何があっても守ってやると言ったろ?」
「でも、ここからどうやって?」
オレは胸ポケットからある物を取り出し、彼女に見せた。
「これであそこから脱出するぞ」
オレは固く閉ざされた鉄のドアに視線を向けた。
「これは周波数変換装置だ。海底資源を探る際に使用できないかとオレが開発したものだ。USBと一緒にこれをあいつに見せようと思ってたまたま持っていた所で事件に遭遇した。
ここのドアは運が良いことに周波数で管理されている。さっき奴らがドアを開けた時に周波数をコピーしておいた。これを使えばドアは開けられる。問題は奴らに見つからずにここから出られるかだけだ」
つづく