きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

春風よ君に届け14

脱出経路を把握するため、オレはこの部屋と玄関の詳しい位置関係をアネットに確認した。
すると意外にもここはオレが考えていたような地下ではなく、二階の一室だということがわかった。

「そうか。道理でドアには錆一つないわけだ」

窓がないことですっかり地下だと思い込んでいたが、先入観がもたらす完全なる逆作用にすっかりオレは騙されていた。

「では行くぞ」

アネットはオレの後ろでコクリと頷いた。張り詰めた空気が辺りに漂い、彼女の緊張がひしひしと伝わってくる。

「いいか?オレから絶対に離れるなよ。ただし、これは万が一の話だがオレに何かあった時はオレを置いてとにかく玄関に向かって走るんだ」

「そんなこと……」

オレはゆっくりと首を振り、アネットを諭すように言葉を続けた。

「もし君が逃げ切って助けを呼ぶことができたら、オレも助かる可能性が出てくる。二人で残った所で何も変わらない。そうだろ?」

アネットは懸命に自分の中で気持ちを整理し、オレをまっすぐに見つめた。

「わかりました、ミシェルさん。その代わり一つお願いがあります」

「何だ?」

「もしここから無事に出られたらお渡ししたいものがあるんです。貰って頂けますか?」

少しでもアネットの励みになればとオレは頷いた。

「わかった。では無事にここを乗り切ってぜひ、君からのその秘密の褒美をもらうとしよう」

するとアネットは春風のような笑顔を見せた。
オレはドアの前に立ち、周波数変換装置を起動させ、コピーしたデータを呼び出た。
ピッと僅かな電子音がした。
ドアに耳をあて外の様子を伺う。
外は静かなままだ。ドアの向こうに見張りはいないようだ。
ゆっくりとドアを開け、辺りを見回した。
やはり廊下には誰もいない。
よし、行ける。
オレはアネットの小さな手をとった。

「行こう」

オレ達が監禁されていた部屋は廊下の突き当たりに位置していた。まっすぐに伸びる廊下の両側には向かい合わせにいくつもの部屋があった。奴らがこの中のどこかにいる可能性は十分にある。
オレは慎重に、けれど足早に一つ、二つと部屋の前を通り過ぎた。
廊下には絨毯が敷かれているおかげで足音で気づかれる心配はなさそうだ。
誰も部屋から出てくるなよ、オレは心の中で呟いた。
この先を曲がれば玄関へと続く階段があるはずだ。吹き抜けのホールに差し掛かるとパッと視界が開けた。目の前に緩やかなカーブを描いたような螺旋階段が見えてきた。オレは足を止め、前後を確認し、下の様子を伺った。
玄関ホールはかなりの広さで身を隠せる場所といえば螺旋階段を下りきった先にあるヨーロピアン調の噴水ぐらいだった。
ホール全体が大理石で埋められているため、慎重に歩かなければ足音で気づかれそうだ。
それにしても敷き詰められた大理石といい、噴水といい、かなりの邸宅であることは間違いない。
この屋敷の持ち主は一体……。
静まり返った廊下を振り返り、奴らの気配がないことを確認し、意を決して螺旋階段へと歩き出した。
アネットがオレの手をぎゅっと握りしめた。緊張が頂点に達しているのだろう。オレはアネットを励ますようにその手を握り返した。
辺りに気を配りつつ、一歩ずつ階段を下りた。中段に差し掛かった所で足を止め、体勢を低くし、下の様子を伺った。
やはり誰もいないようだ。
階段を下り切ればあとは正面の玄関まではすぐだ。最後の一段を下り切り、真っ直ぐに玄関へと近づいた。ドアに手をかけてみたが残念ながら鍵がかかっていた。
アネットは不安げに辺りを見回している。
ここで奴らと出くわしたら終わりだ。
一歩下がり辺りを見回すと玄関ドアの横に電子パネルを見つけた。
オレは近づき注意深くその構造を観察した。このタイプならいけるかもしれない。
オレは周波数変換装置を取り出し、パネルのカバーを外した。
ケーブル繋ぎ、周波数を最小値に設定して解析を始めた。データの読み込みは早ければ数分で完了するはずだ。
奴らに気づかれる前にどうか終わってくれ……。
デジタル数値が目紛しく変わり、解析終了まで残り6分30秒と表示が切り替わった。思いの外、時間がかかるな。
これを作るときに基盤部分の小型化を優先させたのが悔やまれた。
そこからは10秒刻みで終了までの時間がカウントダウンされていく。
残り1分20秒。息を潜め、じっと画面を見つめる。
これほど長く感じる1分は後にも先にもないだろうと思えるほどにオレは焦れた。
デジタル表示が残り30秒を切った時だった。

「ミシェルさん!」

アネットが悲鳴のような声でオレを呼んだ。オレはとっさに振り返り、噴水の向こうに奴らの姿を見た。
その瞬間、後ろで解錠音が鳴った。

「来いっ!」

オレはケーブルを勢いよく引き抜き、アネットの腕を掴むとドアに手をかけた。




つづく