拐われているという状況は変わらないが少しは安心したのか、アネットの表情がだいぶ柔らかくなった。
「奴らがいつ、どんな交渉をしてくるのかはわからないが、それまで体力は温存しておけ」
オレはドアから少し離れたデスクチェアに、そしてアネットはベットの反対側に置かれた二人掛けのソファに座った。
それにしてもなぜアネットは拐われたんだ?奴らがオレをシャルルと間違えたのはわかるにしても、髪がやや茶色がかったブルネットということ以外、彼女とマリナに共通点はない。
「君は屋敷のどこで奴らに捕まったんだ?」
「図書室の前の廊下です」
偶然か?
それともマリナが週に一度、図書室を利用していることを奴らは知っていたのか?
まさか内通者がいるのか?!
だとすれば、まずいな。
人違いだと気づかれる可能性が高い。
なにしろ屋敷にはアイツもマリナもいるんだからな。
いつ奴らがそのことに気づくかか……。
あまり時間はない。
その時、ドアの向こうから電子音が聞こえ固く閉ざされていた鉄のドアがゆっくりと開いた。
オレはとっさに立ち上がり、アネットにはそのまま座っているように合図を送った。
そして奴らからアネットが見えない位置に立った。
屋敷からオレ達を連れ出す際、アネットの横にいた男を先頭にオレの両脇にいた男二人が入ってきた。
「そろそろお目覚めの頃かと思いまして、ご気分はいかがですか?」
「オレのことはいい。さっさと要件を言ったらどうだ?」
男は目を伏せて含み笑いを浮かべた。
「ご機嫌があまりよろしくないようですね。ではこちらもあまり時間がないものでさっそく本題に入りましょう」
そういうと男は持っていたタブレットをオレに差し出した。
オレはそれを受け取り画面に視線を落とす。
これは……!
「そう、それはアルディ家が所有しているマルグリット島です。この島の権利を我々に譲渡して頂きたい」
「何だと?」
アルディの所有する土地は世界各地に存在する。リゾートホテル、古城、美術館、劇場、それにマルグリット島以外にもいくつも島を保有している。その中でもマルグリット島の権利を要求してくる理由はただ一つだ。
「海底資源が狙いか?」
男は感心したように頷いた。
「どうやら話は早いようですね」
昨今、世界的な不況の煽りを受け、アルディが所有するいくつかの企業でも業績が悪化の一途をたどっているのが現状だ。このままでは事業縮小も避けられない。その起爆剤としてアイツとオレはマルグリット島周辺の海底資源に目をつけた。あの島の周辺には希少資源が眠っていることが判明し、発掘作業に向けてオレ達は動いていた。
まさかそのことが外部に漏れていたのか?
「こちらの権利譲渡に関する書類にサインと指紋認証をしていただければ、すぐにでもお二人を解放させていただきます」
よりによってあの島を?!
「断る……と言ったら?」
男は鋭い視線をアネットに向けた。
「その時は、あなたは大切なものを失うことになります」
くそっ!
彼女を引き合いに出すのか?!
オレはタブレットに触れ、契約に関する条項に一通り目を通す。
そこには契約に関する事項がずらりと並べられ、あとはサインと指紋認証だけの状態になっていた。
オレは男に視線を戻した。
「少し考えさせてくれ」
「長引くだけでは?」
「いや、すぐには決められない」
オレは男を見据え、首を振る。
「では一時間だけ待ちましょう。その時は良いお返事をお待ちしています」
男はそういうとドアに向かって歩きながら携帯を取り出した。
「開けろ」
外で仲間が待っているのだろう。
すぐに電子音が聞こえ、ドアが開いた。
「では後ほど」
そう言い残し男達は部屋を出て行った。
つづく