きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

届かぬ想い26

抜け落ちていた記憶が次から次へとあたしの中へと流れ込んでくる。
ドアに引き込まれる感触、シャルルの香り、駆け下りてくる靴音、冷たく硬いタイル、そして迫り来る壁……いくつもの記憶の欠片がドッと押し寄せてきてあたしは一気に不安になった。
心に黒い雲がかかったような気持ちになった。もしかして思い出さない方が良かった?あの時の恐怖がありありと思い出され、あたしは震える体を両手で抱きしめた。
ガクガクと足が震え出してあたしは立っているのがやっとだった。
体の芯からゾクゾクとしたものが伝わって震えが止まらない。あたしはその場にペタンと座り込んだ。
あたしは足を滑らせたりなんてしていない。ものすごい音がしてあたしは避けようとしたもの。
それなのにぶつかって来るなんて一体どこを見ているのよ!って……そう考えていてハッとした。
駆け下りてきてあたしにぶつかった後、一体どうしていたの?!
そのまま階段を下りて行く気配はなかった。つまり上から見てたってこと……?
背中をツーっと冷たいものが伝っていく。

「彼はどこ!?言わないなら自分で探すわ。そこを退きなさい!」

「いえ、お通しすることはできません」

玄関ホールでは警備の人が彼女の行く手を塞いでいる。

女の人は警備の人に近づくと首から掛けていたネームプレートにふと手を伸ばした。

「フランツ・ボヌール」

そう呟くと今度は警備の人の胸にネームプレートを突き返しながら言った。

「あなた、明日から来なくていいわ。休業補償はするように彼には私から話しておいてあげるわ」

その場にいた誰もが息を飲んだ瞬間だった。辞めさせようとするなんて酷すぎるわ!
ここはね、シャルルに会いたいなら順番待ちしなきゃいけないような家なのよ。
すると彼女は辺りを見渡しながら言い放った。

「私は近い将来、アルディ夫人になる人間よ。言動には気をつけなさい」

この言葉を聞いた瞬間、誰もが彼女を通してシャルルの姿を見たに違いない。
そっか。彼女とあたしとでは圧倒的に立場が違うんだ。
あたしが何か言ったところで何も変わりはしない。だってシャルルは彼女を選んだんだもの。
その現実を目の前にあたしは希望を失った。何もかももう遅いんだ。涙が溢れて視界が滲む。
パリまで来てシャルルが婚約したことも知らずに自分への想いがまだ残ってるんじゃないかなんて期待していた自分がひどく惨めだった。
その時、ホールの奥からよく通る澄んだ声が聞こえてきた。

「フランツ、いいから下がりなさい」

目もさめるような長い金髪を揺らしながら現れたのはジルだった。
その言葉に警備の人は一礼して下がって行った。もう彼女の前に立ち塞がるものは何もいない。
彼女はとても満足げにジルの方へと歩み寄った。
ジルまでもが彼女の言いなりになるなんて、悔しかった。

「あなたがジルね。私が今、何を求めているのか、素晴らしい判断力だわ。彼が優秀な部下がいるって話していたのはあなたのことね」

ジルはとても上品な笑顔を浮かべると真っ直ぐに彼女を見つめた。

「アルディ家家訓その八十三項、本家当主の花嫁は婚前の本邸への立ち入りはその一切を禁止する。
また、家訓その四十八項、アルディ家本家及び分家の全従業員の雇用形態はその全権を当主が掌握するものとする。
アルディ家の構成員のすべてはこれらを遵守しなければならない。
これはミレーユ様も例外ではありません」

きっぱりと言い放つジルと彼女の間には火花が飛びそうな勢いだった。

「私に帰れと言うのっ?!」

「それは貴女が決めることです」

唇を噛みしめると彼女はジルを見据えて悔しげに吐き捨てた。

「ジル、あなたのことは覚えておくわ」

ジルは最高の作り笑顔でそれに応える。

「どうぞ、お見知り置きを」

玄関ホールに靴音を響かせながら彼女は本邸をあとにした。
それを見届けると事務処理を一つ終えたとでもいうようにジルはサラリと髪をかきあげながらこちらに向かって歩き出した。その視線があたしへと真っ直ぐと注がれるとジルは顔色を変えたように慌ててあたしへと駆け寄ってきた。

「マリナさん?!」


つづく