きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

届かぬ想い18

「マリナをパリに連れていく」

マルセル犯人説では確かに腑に落ちない点がある。だがマルセルが無関係であるとも考えにくい。
マリナを狙ったものなのか、ただの事故なのか……。
どちらとも判断がつかない状態でマリナを残していくことはできない。
たとえ今回のことが事故だとしても後遺症が残るマリナをこのまま置いていくわけにはいかない。
リハビリである程度は不便のない生活に戻れたとしても半分は見えていないことに変わりはない。

翌日、オレはマリナの病院へ向かう前にある場所へ立ち寄った。
たとえ何があろうと守ってみせる。


******************

うとうとと眠り続けていたせいか、時間の感覚が全くないわ。時計に目をやるけどメガネを掛けていないせいで文字盤はぼんやりしているし、長針と短針はどっちがどっちなんだか見分けがつかない。
今が七時半なのか六時三十五分なんだか……。
よいしょと手を伸ばしてメガネを手にとって掛けた途端に視界がはっきりとはした。けど相変わらず両目とも左側は見えない。常に目の前に余計な物が立ち塞がっているみたいで煩わしい。
縫ったっていう頭の傷は看護師さん達には驚かれるけど何ともない。
それよりもこの視界の悪さは一体いつになったら良くなるんだろう。

六年ぶりのシャルルとの再会。二度と会うことはないと思っていた。それなのに目が覚めたら目の前にシャルルがいた。
だけど頭を打ったせいか事故の前後の記憶があやふやで思い出すことができないでいた。
廊下の方で朝ごはんの準備が始まったのかガラガラとワゴンを押す音が聞こえ始めた。しばらくするとトントンとドアをノックして看護師さんが入ってきた。

「おはようございます。池田さん、朝ごはんですよ。気分はどうですか?食事が済んだら先生の回診があるのでその後、リハビリを始めますよ」

看護師さんは爽やかな笑顔を見せながら持っていた朝食のトレーをサイドテーブルに置いた。あたしがよいしょと体を起こすとベットの背を立ててくれた。

「はい、わかりました」

目の前に置かれた食事は半分しか見えない。せっかくの食事なのにちょっとだけ憂鬱な気分になる。トレーに置かれていたお箸に手を伸ばした瞬間、がしゃんと何かに手があたり落としてしまった。

「あっ……ごめんなさいっっ!」

煮物鉢が転がり落ちて真白な布団を汚してしまった。

うわっ……。

「池田さん、大丈夫ですよ」

看護師さんは慣れた様子で片付けると新しい物を持ってくると言って病室を出て行った。
あたし何やってるんだろう。
左端に置かれていた小鉢が見えていなかったんだ。枕元に置いてあったティッシュで汚してしまった布団を拭いていると惨めな気持ちになった。
普通に見えていた時は何てことない事も今のあたしにはできないんだ。

朝食の後、先生が来て頭の傷を見てくれた。痛みはないかと聞かれてあたしが大丈夫ですと答えると先生は傷の方は順調に回復しているみたいで良かったと言ってくれてあたしも安心した。
回診が終わると看護師さんがリハビリルームに連れて行ってくれて本格的にリハビリを始めることになった。
失った視野がどこまでなのかを確認しながらリハビリは進んでいく。机の上に置かれたブロックを少しずつ動かしながら見える位置に移動させたり、首を動かしたり地味な作業を繰り返していく。
ブロックを並べている時にコロンとブロックが床に落ちた。

「あっ」
「はい、じゃあ、もう一度やってみて」

先生がブロックを拾い、机の上にポンと置いてくれた。朝ごはんの時と一緒だ。
視野が狭いせいで見えない所にある物に手が当たっちゃうんだ。
こんなの、もういや。
見えない苛立ちと思うようにできないもどかしさで心がざわつき始める。
最初にリハビリをするって聞いた時は、てっきり頭の中の何かを刺激しながら徐々に見えていくように訓練とかをするのかと思っていた。だけど今の状態のままでいかに上手く物を見るかって練習をしているだけとしか思えない。

「こんな事していて本当にあたし、見えるようになるの?!
いつになったら元に戻るの?!」

言ってしまってからハッとしてあたしはうつむき、手をギュッと握りしめた。
先生にこんなこと言ったってどうにもならないのに……。
そんなあたしに先生は優しく答えてくれた。

「池田さん、すぐには無理でもちゃんと練習すれば今よりももっと上手に見ることができるようになるから頑張ろう」

今よりもってことは見えないのは変わらずにずっとこのままってこと?
先生はギュッと握っていたあたしの手にブロックを差し出した。だけどあたしはそれを受け取ることができなかった。
だってシャルルは治るって言ってたわよ。じゃあ、シャルルはあたしに嘘を言ってたってこと?

「治るって、ちゃんと治るってシャルルはあたしに言ってくれたんです!じゃあ、あれは嘘だったの?!」

イスを蹴るようにあたしが立ち上がったその瞬間、聞き覚えのある声がした。

「嘘ではない。もちろん間違いでもない」

驚いて振り返ると自信に満ちた笑顔でシャルルが立っていた。



つづく