シャルルが用意してくれた幼児向けの教材とシャルルがあたし用に作ってくれた物を使ってほとんど毎日シャルルの部屋で勉強をしていた。
今日も約束の時間にシャルルの部屋に向かった。シャルルの仕事が終わってからだったから今日はいつもより遅めの夜9時の約束だった。
「シャルル、入るわよ。」
扉を開けて中へ入るとノートパソコンに向かっているシャルルがいた。
「仕事、まだあるの?」
あたしが声を掛けるとパソコンを静かに閉じた。
「いいや、もう終わったよ。おいでマリナ。」
シャルルは立ち上がり椅子をあたしに差し出した。シャルルの温もりがまだ残る椅子にあたしはヨイショと座った。
シャルルはあたしの隣に立ち、机の引き出しから今日使うテキストを取り出した。あたしはその様子を何気なく眺めていたんだけど引き出しの中にいくつもの錠剤を見てしまった。
「あんた、どっか悪いのっ?」
シャルルはその薬に目をやると、
「ああ、これ?
ただのビタミン剤だよ。どこも悪くはない。オレは医者だぜ、マリナちゃん。」
優しく微笑むシャルルを疑いながらあたしは続けた。
「医者だって病気になるでしょ?
本当に平気なの?」
シャルルは小さく笑ってあたしの頬に手をあてた。
「心配してくれたんだね、ありがとう。
でも本当に何でもないよ。」
「それならいいんだけど無理はしないでね。」
「ああ、分かっているよ。
じゃあ始めようか?」
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オレを心配そうに見つめるマリナを目の前にして、オレはどれほど己を保っていられるだろうと考えていた。
この胸に抱き寄せ、彼女のすべてを奪いたいと欲する己を封じ込める事がこんなにも困難な事なのだと思い知らされる。
これ以上は理性で抑え切れないと感じてオレはマリナに触れていた手を無理やり引き剥がすようにしてテキストに手を伸ばした。
オレの用意したテキストのアルファベの前で苦戦をしている姿もまた、何とも言えずオレは歓喜に震えていた。
オレを忘れられないと言ってパリに来てくれただけでも信じられない上にフランス語を勉強したいとまで言ってくれた。
マリナはオレとの未来を見ていてくれているのだろうか…。
この手から二度とこぼれ落ちる事はないと信じてもいいのだろうか。
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「今日はここまでにしよう。だいぶ出来るようになってきたね。」
シャルルはあたしの頭を撫でながらいった。
「ポールより教え方が厳しいわ。」
あたしは首をぐるりと回した。
「君は甘やかすとサボるからね。
ご褒美に何か飲む?」
「デザートも食べたいわ。」
シャルルは内線電話に手を伸ばすと何処かにかけ始めた。
『私の部屋にデザートとワインに合うものを。』
シャルルは電話を置いてあたしにウインクして見せた。これがマンガなら絶対にハートが飛んで来てるわよ。
「すぐに来るはずだからそこで少し待っておいで。」
シャルルはそう言い残して隣の部屋へと消えていった。
今日はご褒美まで付いていてラッキーだわ。いつもは昼間だったから終わるとシャルルはすぐに次の仕事に行かなきゃならなくてゆっくり話もできなかったのよね。
コンコン…。
「シャルル様、お待たせ致しました。」
おやつが来たわっ!
あたしが扉に駆け寄ろうとしたところでシャルルがワイン片手に戻ってきた。
「マリナ、いいよ。…入れ。」
メイドさんはワゴンを押して入ってくると手早くテーブルにお皿を並べていき早々に退室して行った。
夕飯は済ませたものの頭を使ったせいか食べ物を見た途端にあたしのお腹はグゥとなってしまった。
プロシュートやチーズやブリュレやベレ・バスクと一緒にシャルルの持ってきたワインを飲みながら楽しいひと時を過ごした。
あたしがボトルを傾けて最後の一滴まで注ぎきったところで、
「もう少し飲むかい?」
席を立ってキッチンに向かうシャルルの後ろ姿を見た辺りまでは覚えてるのよ。
目が覚めたら見慣れない部屋の様子にあたしは驚いてガバッと起き上がった。
ほんやりする頭でもすぐにそこが何処かわかった。
ここ…シャルルの寝室だわ。
あたしはいつの間にか寝ちゃってたんだわ。それでシャルルがここまで運んでくれたんだ。ふと胸に感じる違和感にびっくりして両手で胸を抑えた。
やだっ…!? うそっ?!
あたし、ブラをしてない…。
しかもあたしはすっかり着替えていたの。
もしかしてシャルルがしてくれたのっ?
だけどそれって…?!
あたし…、もしかしてシャルルと…?
つづく
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マリナちゃん、誕生日おめでとう!
私からのお祝いは【シャルルのベットでの目覚め】でした。