「マリナ……」
裸足で飛び出した私を愛おしそうに見つめるサファイアブルーの瞳がそこにあった。
「ガイ……じゃない!どうしたの?
あんた帰ったんじゃないの?」
驚く私にガイはそっと手を伸ばして優しく頬に触れた。心配そうな瞳で私を包み込み、その大きな手は温かかった。
しばらく私は裸足のまま、立ち尽くしてガイを見つめるばかりだった。
「泣いてたの…?もう大丈夫だから。マリナ、少し出られる?
連れて行きたい所があるんだ。
車を待たせてあるからついて来て。」
「どう言うことなの?ガイ、ちゃんと説明して。行くって一体どこへ?」
私は状況が理解出来なかった。
クリスマスの日に帰ったはずのガイがアパートに訪ねて来た理由も、行き先も分からないままだった。
「見せたい物があるんだ。」
私はそれが何か分からなかったけど、とにかくガイに付いて行くことにした。
だって、ガイがあまりにも真剣な顔をしていたんだもの。
思いつめたような、その瞳を見たら行けないとは言えなかった。
今はアパートに1人でいるよりは気も紛れると思った。
それにガイはそれを見せたくてわざわざ日本まで来てくれたのよね。
表の通りまで出ると白のベンツが停まっていた。私はフッと笑ってしまった。
なんでこう私の周りにはお金持ちばかり揃っているのかしら。
このアパートの前の道に今まで何台の高級外車が迎えに来たことか…。
2人で後部座席に並んで座った。
やっぱりガイも運転手付きなのね。
そりゃガイだって立派なイギリスの貴族だもんね。
隣に座って前をじっと見据えているガイの横顔を私はチラッと見た。
あんたも伯爵家だったわね。
出会った頃よりも立派な紳士に成長したガイ。ワニをポケットに忍ばせていたなんて想像がつかないほど素敵な男性になっていた。
好きだと言って困らされた事もあったっけ。和矢を探しにモザンビークに行ってしまった事もあったわね。
あの頃の事が思い出されて胸に熱いものが込み上げてくる。
「マリナ…?どうかしたの?」
私の僅かな心の揺れにさえ気づいてくれるのね。
「昔を思い出していたの。」
私を覗きこむ澄んだ瞳が優しさで溢れている。この前、病院で言われたっけ…
「マリナを大切に思っているのは昔と変わってないから。」
恋を知らない少年の心のまま、今もガイは私を思ってくれているのが伝わってくる。優しく包むように私を見守ってくれている。
こんな時は余計に心に響いてくる。
私の悲しみも苦しみも、寂しさも包み込むようだった。
ぽっかりと空いた心の隙間を風が吹き抜けていくこの切なさから救い出してくれるかもしれないと思った。
私の心は枯れていたけど、どうにか笑顔を作って見せた。
すぐに俯いた私をガイは見逃さない。
「辛いか…?」
不意の言葉にガイに釣られたように顔を上げた。でも上手い返事が出来なかった。
辛い…?
何を聞かれたのかわからなかった。
だってガイはシャルルとの事は何も知らない。
それでも辛いか?って言葉が私の心を揺さぶった。
私は溢れ出す涙を止める事ができなくなってしまった。
ガイが突然、私を胸に抱き寄せた。
鍛えられた大きな胸、逞しい腕に抱きしめられてしまった。
「やだ…っ」
ハッとして私は両手で力いっぱい押し返えしてガイから離れた。
「ごめん、オレ、つい…」
申し訳なさそうにガイは腕を離した。
気まずい空気が流れる。
しばらくお互いに黙ってしまう。そしてやっと目的地に着いた。
車から降りるとそこは都内でも有名な一流ホテルの前だった。
「昨夜日本に着いてここに泊まったんだ。さあ、行こう。」
ガイは温かい大きな手を差し出した。
ロビーで鍵を受け取りエレベーターに乗り込んだ。まさかと思いながらもガイが押すボタンは最上階だった。
やっぱりスイートなのね。
でも…これって。ガイは昔からの知り合いだけど、なんて言うか、その…ホテルの部屋に2人きりで入るのはとても抵抗があった。
エレベーターのランプが最上階を知らせた。私はおずおずとガイについて行く。
ガイがサッとスライドしてカードキーを通すとピッという電子音が鳴り扉が開いた。
「マリナ、さあ入って。」
扉を開けたまま私が先に入るまで待っていてくれる。レディファーストなのね。
今さら引き返す事も出来ずに一歩、二歩と部屋に入ると後ろでガチャっと鍵が閉められた音がして私は緊張した。
つづく