私は廊下に1人立ち尽くしていた。
普段から歩き慣れている廊下が、ほんの数時間前までとは景色が違って見える。
事故のあと、数ヶ月間お世話になったこのお屋敷で過ごすのもあと数分なんて信じられない気持ちだった。
危篤の知らせが届いたのはほんの少し前だと言うのに、私は色々な思いに触れて今こうして1人でいた。
不思議な事に涙は出てこない…。
シャルルと一緒にここで眠ることはもうないんだと、そんな事を考えていた。
シャルルとはもう会えなくなるのね。
これは私への報いなのよね…。
身勝手な願いをした私への罰なんだ…。
私が身を引けば全部が上手くいくはずよ。シャルルも薫も、そして兄上も…。
今は兄上が危険な状態から戻ってきてくれる事だけを祈ろう。
私は薫の待つ部屋へと急いで向かった。
「マリナっ!遅いぞ、何をしていたんだ。」
部屋に戻ったらシャルルはすでに来ていて私を待っていた。
さっきクレールと話していたから追い越されたんだ。
「ごめん、ちょっとトイレに行ってたの。」
薫は薬を飲んだせいか、さっきまでの苦しそうな表情はなくなっていて顔色も良くなっていた。
「さあ、急ぐぞ。ヘリを待たせてある。ガイ、薫を見てやってくれ。」
私はシャルルに手を引かれヘリポートに向かうため車に乗り込んだ。
車が走り出すと、私は何度か後ろを振り返った。
二度と来ることはないアルディ家のお屋敷をじっと見ていた。
どんどん小さくなり道を曲がると住み慣れたお屋敷はすっかり見えなくなってしまった。
後部座席にシャルルと並んで座り、私の様子に気付いたシャルルが声をかけてきた。
「どうかしたか、マリナ?」
「ううん、何でもない。」
夜の闇が私の潤んだ瞳を隠してくれていて助かった。
これでみんなが上手く行く。
ここで泣いたら全部が台無しになってしまう。窓の外を眺めているフリをして私はそっと涙を押し込んだ。
程なくしてヘリポートに着いた。
ここでガイとお別れをして3人でジェットで日本に向かうつもりだったけどガイが一緒について行くと言いだした。
「オレも日本へ連れてって欲しい。
薫もマリナも大切な友達だから、大変な時は側にいて力になりたい。」
シャルルはガイを睨みながら一言。
「マリナにはオレがいるから必要なしだ。だが、薫の心配だけしてると言うなら連れて行ってやる。」
こうして私たち4人は日本へ急いだ。
私たちが羽田に着いたのは陽が傾き始めた頃だった。
12時間超えのフライトはプライベートジェットだったから快適だった。
でも私にとってはこれが最後のフライトになる。
これから先、パリに行く事はもう二度とない。
シャルルとの別れの時間が徐々に近づいてくる。
私たちを乗せた車は兄上の待つ病院へと走り出した。
つづく