きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

君と蒼い月を 9

シャルルに送ってもらって、何とか和矢の帰宅前に家に着いた。来週、都内で行われる再生医療に関する研究の講師を務めるために来日したらしい。
それまでは大学の研究室で何やらするらしいけど、基本的に午前中は空いていると言っていた。
 
そしてあたしは現実に戻り、急いで夕食の準備を始めた。
今日は残り物で作った野菜炒めと味噌汁、いつからあるのか忘れた冷凍の鮭を焼いた。
テーブルに並べてみて朝食かっ?!と自分でツッコミたくなった。
おかずを前に椅子に座り、魚臭いダイニングでシャルルのホテルの部屋を思い出していた。
夢のような空間と目の前のギャップに気分が沈む。
ふとポケットからシャルルにもらった名刺を取り出した。
走り書きした連絡先が書かれていた。


「いつでも連絡してくれ。君に合わせるから」


別れ際にシャルルに言われた。
ガチャっと鍵の音がしてとっさに名刺をポケットに突っ込んだ。


「ただいま。出版社の人、何だって?」


靴を脱ぎながら和矢が聞いてきた。
枕だったなんて言えない。


「持っていった作品を見せたら、検討して連絡するって言われたの」


「へぇ、良かったじゃん。楽しみだな」


和矢は自分のことのように嬉しそうに言ってくれた。シャルルに会ったことは話さなかった。成り行きを考えると言えなかった。


シャルルとの事を話せないまま、週末になった。もちろんシャルルには連絡していない。和矢に黙ってシャルルに会うのは気が引けた。
帰る時間が近づいてもお皿は洗っても洗っても減りゃしない。
入店のチャイムは今も鳴っていて厨房にいても店内が賑わっているのが伝わってきていた。
上がりの10分前からゴミをまとめ、洗ったお皿を元の場所へ戻していると、学生達がまた何やら言っているのが聞こえてきた。
どうやら時間ぴったりに帰ろうとしてることにイラつくらしい。
あたしだってしたくてしてるわけじゃない。けど和矢が心配するんだもん、仕方ない。
そして時間通りに挨拶をしてお店を出た。
すると人目を引く赤い車がハザードを点滅させて止まっていた。
心臓がドクンとした。
この前シャルルに送ってもらった時に乗った車と似ていた。
だけどシャルルにバイトの話はしていない。
ここに来るはずはないわよね。
すると運転席のドアがゆっくり開き、颯爽と現れたのは紛れもなくシャルルだった。
車道のガードレールに片手をついて華麗に飛び越えると歩道に降り立った。
白金色の髪が風に揺れ、通りを行き交う人達の目を引いていた。
完全に目立っている!
あたしは急いでシャルルに駆け寄った。


「あんた、急にどうしたのよ?!」


「連絡が来ないからこっちから来ただけだ」


「だけどバイトの話なんて一つもしてないのに」


「オレにできない事があるとでも?」


シャルルは不敵に笑ってみせた。


「そうだったわね」


たしかにシャルルなら調べればすぐにわかるだろうと変に納得してしまった。


「それより場所を変えないか?」


見れば人集りが更に大きくなり、中にはスマホをこちらに向けている人もいた。


「そうね」


シャルルはスマートにあたしを助手席にエスコートする。


「どうぞ」


ギャラリーからため息が聞こえてくる。
余計に目立つから、やめぇーい!
クスッと笑った笑顔にどよめきが起こった。
車は走り出すと、大きな通りに出た。


「待ってシャルル。遅くなるとあたし……」


「和矢が心配するか」


シャルルは前を見据えたまま、ぼそりと言った。和矢との話をシャルルにするのは気が引ける。
でも話さないと早く帰らなきゃいけない理由の説明ができない。


「前にバイトで遅くなった事が続いて、誰かと会ってるんじゃないかって言われたり、バイト先にも電話が来たりでね」


「つまり今も店に電話が来てる可能性があるってことか」


「そうなの。この前シャルルに会ったこともまだ言えてないし」


「そうか、わかった。とりあえず送るよ」


車は小道に入り、ほどなくして家の近くで停まった。
シャルルは気を遣って家の前じゃなく、少し離れた所にしたんだ。
たしかにこの車が停まったら目立つものね。
時刻は21時38分。
まだ許容範囲だわ。


「シャルル、来てくれたのにごめんね。じゃあ」


そう言ってドアに手をかけると、シャルルがあたしの手を掴んだ。


「明日、10時にここで待ってる」


その瞳は真剣で、まるで縋っているように見えた。
断ることもできた。
でもあたしはしなかった。


「わかったわ」


明日はバイトもない。
連絡すると言いながら電話の一つもしてない。
それにシャルルが今、どうしているのかも気になる。
あたしは自分への言い訳をあれこれと考えながら帰宅した。

 


つづく

 

君と蒼い月を 8

「シャル……ル?」


サラリとした白金色の髪、青灰色の瞳、何よりその美貌は紛れもなくシャルルなんだけど、なぜここに? 


「お、折れるっ!」


七瀬は額に脂汗を滲ませ、捻られた腕を庇うように押さえている。


「彼女に二度と近づかないと約束しろ」


「わかった!わかったから離してくれ」


シャルルは放り出すように七瀬の腕を離した。すると七瀬はイスの上に置いていた自分のバックを奪うように抱えると走り去って行った。


「大丈夫か?」


シャルルはあたしの腕に優しく触れた。
七瀬に掴まれた所が少し赤くなっていた。
細長い指先が触れて、あたしはちょっと照れた。


「あ、うん。それより何であんたがこんな所にいるのよ?」


「場所を変えて話そう」


「その方がいいみたいね」


見ればラウンジで寛いでいた人達の視線が一点、シャルルに集まっていた。
無理もない。
見慣れているあたしだって見惚れてしまうほどだもん。
中には携帯を取り出して、こちらに向けようとしている者もいた。
シャルルはさりげなくサングラスをかけた。それでも目立っていることに全然変わりはない。
隠しきれないオーラというか、品位が滲み出てしまっているんだ。
エレベーターに乗るとシャルルは上階のボタンを押した。
操作パネルの上の通過した階数を知らせる液晶画面を見つめている横顔は相変わらず美しいカーブを描いていた。
シャドーストライプのグレースーツがシックで落ち着いた大人の雰囲気を醸し出していた。


「さっきの男は?」


静かな空間に響く艶やかな声は記憶のものよりも若干低い。
ん?
まさか。


「あんた、ミシェル?!」


「どうしてそうなる?」


「前より声が低い、かな、って」


シャルルはため息をついた。


「大切な女が見知らぬ男とホテルで揉め事を起こしてるのを見たら不機嫌にもなる」


あ、それで声が……。


「あはは……」


苦笑いで受け流してみた。
その瞬間、到着を知らせるチャイムが鳴った。
ドアが開いてあたしは息を飲んだ。
シャルルが上階のボタンを押したから、てっきり高級レストランで食事をしながらか、バーで話をするのかと思ってたけど、目の前にあるのは客室だった。
ホテルの部屋数としては明らかに少ない。
きっと一つずつの部屋が広いんだわ。
いわゆるスイートなんだわ。
シャルルは迷いもせず、先に歩き出した。
カードキーをかざし、ロックを解除するとドアを開けてあたしを振り返った。


「どうぞ」


ホテルの部屋かぁ。
少し戸惑いながらもあたしは中へ入った。
シャルルだし、まぁ平気か。
一歩中へ入ると洗練された空間がどこまでも続いていた。
うわぁ、スイートってこんな感じなの?!
いくつもの扉があって、シックな雰囲気のリビングの奥には、さらにエレガントなリビングダイニング。
すぐ横にはアイランド型のオープンキッチン。オシャレな籠にフルーツが飾られている。
きゃー素敵!
美味しそう!
天井の間接照明が温かみのある空間を演出してる。
いつかマンガの背景に使おう。
あっちにもまだ部屋があるみたいだわ。


「そこはベットルームだ。誘ってくれてるならお応えするが」


ぎぇっ!
シャルルと居たことをすっかり忘れてたわ。


「お断りします」


「それは残念。では向こうで話そうか」


シャルルは軽い冗談で言ったんだろうけど
ドキドキが止まらない。
シャルルとベットを共にしたことはあるけど、あの時は一応、付き合ってたし、好きだったと思ってたからいいけど、今は違うもん。
あたしには和矢がいる。
よく考えてみたら今のこの状況だって、和矢にしてみたらすごく嫌よね。
何もなくても二人きりでホテルにいるなんて。
スーッと現実に引き戻された。
早々に切り上げて帰らなきゃ。


「何飲む?」


キッチンの方からシャルルが尋ねてきた。


「何がある?」


「だいたいの物はあるよ。ワインもオレの好みの物を入れさせてある」


近づいてみると備え付けの冷蔵庫には様々な飲み物と隣のワインセラーにはいくつもの瓶が並べられていた。
シャルルの好みってことはきっと高そうなやつばっかりなんだろうな。
飲みたいところではあるけど、さすがにお酒は気が引ける。


「じゃ、ホットミルクココアで」


「冷蔵庫を開けて見せてるのにホットとは、さすがだね。わかった、少し待ってて」


そういうとシャルルは冷蔵庫から牛乳を取り出すとミルクパンに注ぎ入れ、粉末のココアを入れて混ぜ始めた。


「シャルルってそういう事もできるのね」


「家じゃ、やらないけどね」


「そりゃそうよね」


たしかにシャルルが誰かに飲み物を用意する姿はなかなか想像がつかない。


「それであの男は?」


あたしにカップを差し出し、シャルルはミネラルウォーターをグッと飲み干した。
案外ワイルドなのね。


「出版社の人。作品を見たいからって呼び出されたんだけど、打ち合わせを部屋でしようって言われて……」


「枕か。上手い話に乗ってここまでノコノコ来たのか。だが、部屋にまで付いていかなかっただけマシか」


「ノコノコって……。付いていくわけないじゃない」


「そうだな。でもあの男は引き立ってでも連れて行きそうな勢いだったが」


「本当にシャルルが来てくれて助かったわ。凄い力で掴まれて焦ったもん」


するとシャルルは小さく息を吐いた。


「心配させるな。で、和矢とはうまくやってるのか?」


「普通かな」


大概はうまくやれている、と思う。
バイトを始めたことで小さなすれ違いはあるけど、そんなのはどのカップルにでもあることよね。
だけど惣菜を買うために働いているのか?なんて和矢が言うとは思わなかった。
バイトだって言って実は誰かと会ってんじゃないか?とか。
その時、ハッとして時計を探した。


「どうした?」


「何時かなって思って」


今日はバイトじゃないけど、和矢には出版社の人と会うって言ったんだった。
シャルルは左手の袖をサッとずらして腕時計を見た。


「17時56分だよ」


「もうそんな時間?!帰んなきゃ。まだ夕飯の用意も何もしてないんだった」


あたしがそう言った瞬間、シャルルの瞳が切なげに揺れた。
それもそうよね。
久々に会って大した話もできずに帰るだなんてデリカシーがないわよね。


「ごめん、またゆっくり話せるといいんだけど。いつまで日本にいるの?」


シャルルは一瞬の間を開けて、2週間後に帰国すると答えた。


「その間に時間作れる?そしたら、ゆっくりとあんたの話も聞きたいわ」


「わかった。家まで送るよ」


シャルルはテーブルの上に置いてある車のキーを手にした。

 


つづく

 

 

君と蒼い月を 7


今日は朝から雨が降っていた。
バイトが休みでよかったと思いながらのんびり過ごしていると、テーブルの上に置いたままの携帯がブルブルっと振動した。
また関係のない何かの通知かな。
起き上がるのが億劫でそのまま放置していると、なかなか鳴り止まない。
ん?
もしかして電話?
急いで立ち上がり、テーブルに駆け寄った。
画面を見ると見知らぬ番号からだった。
出ようか、どうしようかと悩んでいるうちに留守電に切り替わった。

「もしもし、こちら桑葉出版の七瀬と申します。先日持ち込み頂いた原稿の件でーー」

そこまで聞いてあたしは慌てて電話に出た。

「もしもし、池田です!原稿見てくれたんですね?!仕事ですか?!すぐにでも描けます!何でもしますっ!いや、させて下さい」

「いや、すぐに仕事ではないんですが、他の作品も見させてもらおうかと思いまして、その相談をしたいのですが、今日ってこれから時間ありますか?」

「ええ、一日中空いています!」

こんなチャンスは二度とないわ!
あたしは勢い込んで返事をした。

「では15時にパリテックホテルのラウンジでいかがですか?」

あたしは壁に飾ってある時計を見た。
今は13時半。
パリテックホテルなら1時間もあれば行けるはずだわ。

「はい、大丈夫です」

「では、詳しい話は後ほど」

「はい。よろしくお願いします」

手当たり次第にいろんな出版社に送りつけていた原稿がまさかここに来て芽を出すとは切手代が無駄にならなくてよかった。
でもたしか桑葉出版って年配層向けの雑誌が多かったんじゃなかったっけ?
はて、あたしの描いた少女漫画のどこに惹かれたのかしら。
まぁいいわ。
とりあえず一張羅のワンピースに着替えて家を出た。
まずは第一印象が大事よね!
何が何でも仕事をもらいたい。
上手くいけば売れっ子マンガ家になって、億万長者も夢じゃないわ。
一発当てれば今のバイトだって辞められる。家に居ながら仕事ができるなんて最高じゃない!遅くなるかもしれないから念のため、和矢に出版社の人と会ってくると連絡を入れた。
電車を乗り継ぎ、あたしはパリテックホテルに着いた。
ロビーの横に広がる落ち着いた雰囲気のラウンジにはビジネスマンの姿が目立った。
10席ほどある中からそれらしき人物がいないかと辺りを見渡した。
すると40歳前半ぐらいの小太りな男性がすっと立ち上がった。
あの人かしら。
あたしは近づいて声をかけた。

「あの、七瀬さんですか?」

「改めて桑葉出版の七瀬です」

そう言ってポケットから名刺を出した。

「池田です。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします。とりあえず座りましょうか」

あたしは座りながら持ってきた封筒をテーブルの上に置いた。

「あの、いくつか描き置いてあったのを持ってきました」

あたしは緊張しながら言った。
七瀬さんが中を見て、思ってた物と違うってなったら仕事の話もここで終わりだ。

「では、拝見させていただきます」

七瀬さんは封筒から原稿を出すとチェックを始めた。

「これまでにマンガの仕事の経験はありますか?」

七瀬さんは原稿に落としていた視線を上げてこちらを見た。

「少し前までやっていたんですが、あまり売れずに担当者との折り合いも悪くてやめました」

隠しても仕方ないことだわ。
松井さんとは長い付き合いだったけど、最後の方はひどい言われようだった。

「そうでしたか」

そう言うと七瀬さんは原稿に視線を戻した。

「ジャンルは?」

「一応、少女向けです……」

「うちは年配の方向けの健康情報を扱っているんですが、マンガでわかりやすく伝えているんですよ。それで池田さんのリアルと言いますか、エグさと言いますか、画風が目に止まりまして、今回ご連絡差し上げたんですが」

画風が目に止まった……。
何て素敵な響き?!
やっとあたしの作品の理解者が現れたってことよね?

「今の所、もう一度言ってもらえませんか?」

すると七瀬さんはぶはっと吹き出した。
そしてあたしを真っ直ぐに見つめた。

「あなたが、私の目に止まったんですよ。どうですか、詳しい話をしませんか?」

耳に小気味の良い言葉にうっとりしながらあたしは二つ返事で答えた。

「では、ここでは何ですので、上に部屋をご用意してますのでそちらで打ち合わせしましょう」

思わず「はい」と言いかけてあたしはすんでのところで言葉を飲み込んだ。
上に部屋を用意してるってホテルに部屋を取っているってことよね?
それってキザな男がディナーの後にテーブルの上にルームキーを置きながら言うセリフじゃない?!
君がデザートだよ、とか何とか言いながら誘うやつよ。


「部屋でですか?」


すると七瀬さんはニタっと笑みを浮かべた。


「そうだよ。悪いようにはしない。仕事が欲しいんだよね?何でもするってさっき言ってたよね?」


言った。
たしかに言ったけどそういうことじゃない!


「それは言葉の綾というか」


「あんたさ、本当に実力で仕事がもらえるとでも思ってたの?子供じゃあるまいし、分かるだろう?」


七瀬さんは人が変わったように急に横柄な態度になった。
枕営業……。
そんな言葉が頭をよぎった。


「馬鹿にしないで下さい。あたし、帰ります」


バカバカしい。
何が悲しくてこんな小太りとベットインしなきゃいけないのよ。
イスを蹴る勢いで立ち上がり帰ろうとした時、七瀬さんがあたしの腕を掴んだ。


「おいっ」


「離して下さい」


振りほどこうにもがっしりと掴まれていてできない。
できれば悪目立ちはしたくない。
こんな所までわざわざ来ておいて、体目当てだったなんてかっこ悪すぎる。
和矢には知られたくない。
あいにく周りの人達は気づいていない。
みんな自分の世界に没頭してる。


「少しの我慢でこの先も仕事が来るんだ。それに気持ち良くしてやるんだから悪い話じゃないだろう」


バカバカしくて話にならないわ。


「離せ、このエロおやじ!」


「何だと?!」


それに逆上した七瀬はあたしを掴んでいる方と反対の手を振りかぶった。
まずい、ぶたれる!
ぎゅっと目を瞑った。


「あたたた……」


するとうめき声と共にあたしを掴んでいた七瀬の手がすっと離れた。
目を開けてあたしは息を飲んだ。


「!!!」


後ろ手に腕をねじ上げられ苦痛に顔を歪ませた七瀬が膝をついていた。
当然、ラウンジ内にいた人達も全員がこちらを見ている。
フロア中の注目を浴びて、完全に目立っていた。
たしかにこれじゃ、刑事ドラマでよく見る刑事と犯人だわ。


「きさま、何者だ?」


「彼女の知人だ」

 

 


つづく

 

 

 

君と蒼い月を 6

店長に話をしてからの平日は、3時にもなると元々の客数が少ないせいもあって、さっと帰れるようになった。 
ただ、週末はそうもいかない。
あたしの帰る21時は、汚れた食器は山のようにあるし、新規のお客さんのオーダーは途切れることなく来るし、明日の準備もしなきゃと、皆が殺気立ちながら追われるように仕事をしている。
そんな中、帰ると口に出すのはなかなか勇気がいる。


「すいません、時間なので上がります」


10分を過ぎた辺りで意を決して声をかけた。すると学生の一人が料理を作りながらこっちをチラッと見ると隣で働いてる学生に言った。


「あんなに洗い物を残して帰るとか、マジ自由だな」


「居たってあんま変わらないからいいじゃん」


あたしに聞こえるようにわざと言ってるのは明らかだった。


「つうか、池田さん。せめて洗い終わった皿ぐらい元に戻してってくれませんかー?」


「あと、ゴミもよろしくです。俺達そんな事までやってる暇ないんで」


二人はそういうとお喋りしながら再び料理を作り始めた。
年はあたしと同じぐらいだけど、高校一年の頃からやってるらしく、だいぶ先輩な上に仕事が早い。
嫌味を言われても何も言い返せない。
言われた事を済ませて、更衣室で着替えているとホールの女の子が声をかけてきた。


「池田さん、中にいますか?」


「はい。何ですか?」


着替えを終えて更衣室から出てみると、女の子が受話器をあたしに差し出した。


「家の方からお電話です。保留にしてあります」


「あ、ありがとう」


まんが家になると言って家を出た手前、実家にはバイトをしていることは話していない。
だからここにかけてくるのは和矢しかいないんだけど、何かあったのかしら。
受話器を受け取り、通話ボタンを押した。


「もしもし?どうかしたの?」


「いや、何ってわけじゃないんだけど。お前、時間になっても帰りづらいんじゃないかと思ってかけてみたんだ」


「あ、うん大丈夫。もう着替えて帰るとこよ」


「そっか。じゃ気をつけてな」


「う、うん」


電話を切り、子機をフロアに戻しがてらあたしが帰ろうとしたら店長に声をかけられた。


「家から電話だって?」


何て言えばいいんだろうかとあたしは頭を抱えた。
家が火事になったとか、家族が倒れたとか、誰が聞いてもそれは大変だって思う話ならバイト先に電話が来てもおかしくないんだろうけど。


「えっと……」


彼が時間に上がれるか心配してかけてきただけとは言いづらい。


「夜だから気をつけて帰って来いと……」


すると店長は表情を固くした。


「すいません」


気まずい空気にあたしはとりあえず謝った。
フロアではまだ忙しく皆が働いている中、あたしは挨拶をしてお店を出た。

 

 

 


つづく

 

 

君と蒼い月を 5

今回は和矢との大人のシーンを匂わせる場面があります。
直接的な描き方はしていませんが、読み進める際はご自身の判断でお願いします。
私の作品の中で和矢との絡みは初です…
シャルル以外とは無理!と言う方はご注意下さい。


***

 

 

和矢の言葉に茫然とした。誰かと会うって一体誰とよ?!
あたしがそんなことするわけないじゃない。
大好きな和矢と一緒に暮らせて幸せでいっぱいなのに……とその時、幸せって何だろうって疑問が心の中にふって湧いてきた。
別々に暮らしていた時は会えるのが嬉しくて、デートの日はいつも浮かれていた。
だけど今日は和矢が先に帰っていると知ってあたしは何て声をかけようかと躊躇った。
無邪気に幸せを感じてたあたしは、どこにもいなかった。
一緒に生活するってそういうこと?
もしも結婚したら毎日がこんな風になってしまうの?
あたしは首をぶんぶん振った。
違うわ!
バイトを辞めればこんなこともなくなるはずよ。
ずっと家で和矢の帰りを待っていれば、遅くなることもスーパーで惣菜を買うこともなくなる。
ずっと家にいればいいんだ。
そうよ、そうしたら和矢に変に疑われることもなくなるわ。
だけど、それって……。
考えすぎて何が最善なのかわからなくなってきた。それにしても和矢は一体どこへ行ったんだろう。
明日だって仕事だろうし、本当ならのんびりしたいはずよね。
それなのに夕飯も食べずに出て行ってしまった。
あたしは和矢が安らげる空間も作れていないんだ。
その時、ポケットに入れていたスマホがブルブルっと振動した。
見ると和矢からの通知だった。


「さっきはごめん。今日は実家に泊まる」


メッセージを読んで、あたしはすぐに返信した。


「帰ってきて。ちゃんと話そうよ」


だけどこの日、あたしのメッセージに既読が付くことはなかった。


何かを作ってまで食べる気にもならず、お風呂にも入る気にもならずに寝ることにした。
そうだ、あたしはずっと気ままに過ごしていた。好きな時に食べて、好きな時に寝て、お風呂なんて入らなくても誰にも何も言われずに自由だったことを思い出していた。
和矢との生活を初めて窮屈なものだったんだと感じた瞬間だった。
布団に潜って一晩考えた。
お金は必要だからバイトはやっぱり辞められない。
その代わり残業は二度としない。
店長もこれで最後って言ってくれたし。
そしてまんが家の仕事をちゃんとしよう。
きっと前みたいに和矢とケンカすることもなくなるはずだわ。
そして幸せになるの。


「幸せにおなり」


ふと、その言葉が心に落ちてきた。
あの時シャルルに言われた言葉だ。


「あたし、幸せなのかな」


言葉と共にぽつりと涙がこぼれた。
命さえも差し出すほどのシャルルの想いが蘇ってきた。
どれだけ大切にしてくれていたかを思い出すと胸が苦しくなった。
そんなシャルルが手を離してくれてまで得た幸せって何だろう、そんな事を考えながらあたしは一人、眠りについた。


翌日、まだ忙しくなる前のお店に行った。
和矢とのケンカもあって、店長にちゃんと話しておこうと思ったからだった。


「それで、わざわざ来たの?」


「はい。一応お話ししておこうと思って」


「色々と条件付けて来るなら週末は夕方から出てよ。昼間は正直、人がいるんだよね」


「でも夕食の準備とかあって」


「あのさ、一人前の仕事ができる奴の話なら聞くけど、あれはだめ、これはだめだとこっちも困っちゃうんだよね」


その時、立て続けに注文が入ってきた。


「ま、そういう事だから週末、頼むよ」


それだけ言うと店長は料理に取り掛かり始めた。もう話をする雰囲気はすっかりなくなり、あたしは帰るしかなかった。
それなら辞めますって言えばよかったんだろうか。
だけどすぐに次のバイトが見つかる保証はない。近所で探すとなったらなおさらだ。
とりあえず和矢には時間になったら帰らせてもらえるように店長に話した事を言おう。代わりに週末の仕事は夜になっちゃったけど、時間できっちり帰れるからって話せばきっとわかってくれるだろう。


この日、和矢は19時前に帰宅した。
手には小さな箱を持っていた。


「昨日はごめん。俺、余裕なくてダサかったよな。ケーキ買って来たから一緒に食べようぜ」


「うん。あたしも店長に頼まれてもきっぱりと断ればよかったのに、ずるずると伸びちゃっててごめん。もう店長には残業はできないって話してきたから」


和矢はホッとしたような笑みを浮かべた。


「俺、お前のことになると不安になる。だってどこに行ってもさ、お前を好きになる奴が現れるじゃん」


優しい眼差しの奥に不安の色が揺らめいていた。


「そ、それはあたしのせいじゃ……」


「ま、気持ちはわからなくもないけどさ」


そう言うと和矢はあたしの肩に手を置き、真っ直ぐに見つめた。


「もう離さないって俺、決めたから。誰にも渡さない。お前は俺のものだ」


その瞬間、あたしは和矢の言葉に違和感を覚えた。
大好きな和矢にこんな風に思ってもらえて嬉しいはずなのに、怖いと感じている自分がいた。
だけどそんなあたしにお構いなく、和矢は自分の作り出した雰囲気に流されるように頬を傾けてきた。
あたしは咄嗟に顔を晒してしまった。
すると和矢はクスッと笑った。


「いい加減、慣れろよ」


そう言うとあたしの顎をつまみ、再び頬を傾けた。柔らかな唇が重なった。
和矢は甘い吐息を溢すと、体をあたしに押し付けるように密着させてきた。
唇が離れ、和矢の熱い瞳があたしを見つめていた。


「いい?」


あたしは息を飲んだ。


「待って、お風呂がまだだから」


「いいよ、気にしないから。そのままのお前も欲しい」


「いや、でも……」


あたしの言葉を遮るように和矢はあたしを抱え上げると寝室へ向かった。
折り重なるようにベットになだれ込むと、すぐに和矢はキスをしながらあたしの服を取り払っていった。


和矢は胸に触れ、下腹部に手を伸ばした。
それに反応したあたしが声を出すと、ほどなくして和矢はこじ開けるように侵入してきた。
いつもの苦痛の始まりだった。
あれこれと理由をつけて避けてはいるけど、月に一度はこの苦行の時間が訪れる。
早く終わらないかとあたしは毎回、ひたすら待つしかなかった。

 

 


つづく

君と蒼い月を 4


翌日、あたしが起きると和矢の姿はもうなかった。昨夜は会話もないまま、互いに背中を向けて眠った。寂しさと悔しさであたしは毛布の端を握りしめて眠った。
今日はバイトは休み。
午前中のうちにスーパーに行って材料を買い込み、和矢が早く帰ってきてもいいようにと夕方から準備を始めた。
カチカチと秒針が静かに時を刻んでいく。
21時を過ぎると、もしかしたら和矢は出て行ってしまったんじゃないかという考えが頭から離れなくなっていた。
何の相談もせずに勝手に始めたバイト。
そして度重なる時間延長。
挙げ句に惣菜をお皿に移しただけの夕飯。
きっと和矢はあたしに愛想を尽かしちゃったのかもしれない。
もしかして実家に帰ったとか?
でもいくら何でも何も言わずに出て行くなんてするかしら。
不安の中であれこれと想像しているうちに、あたしは事故の可能性もあることに気づいた。
居ても立っても居られなくなってあたしは財布とスマホを手に玄関に向かった。
だけどどこに行けばいいの?
和矢の会社?
もし事故だったらきっと警察から連絡が来るはずよね。
だったら下手に出かけない方がいいわよね。あたしはどうしていいかわからずに家の中を歩き回った。
するとガチャガチャっと玄関で音がした。
振り返ると男の人の肩を借りながら和矢が玄関に転がるように倒れ込んだ。

「どうしたの、和矢?!」

あたしが駆け寄ると、男の人が申し訳なさそうに頭を掻きながら、

「初めまして、僕は東堂と言います。和矢とは大学時代の友人で今日は一緒に飲んでいたんですが、僕が飲ませ過ぎてしまったようで……」

東堂さん……?
初めて聞く名前だった。

「お前のせいじゃらい。俺が誘ったんらろ。いいから泊まってれけ」

和矢が呂律が回らないほど酔うところを見たのは初めてだった。

「いいよ、俺は帰るよ。和矢、バックここに置いたからな」

東堂さんはそういうとお辞儀をした。

「では麻里奈さん、僕は失礼します」

「お手数をかけました」

あたしはお礼を言って見送り、玄関を閉めた。
和矢は立ち上がると足をもたつかせながらも浴室に向かって行った。
明日こそ和矢とちゃんと話をしよう。
和矢がお風呂から出て寝室に向かって行くのを見届けてからあたしは夕食を一人でとった。
冷めてしまった料理がまるで今のあたし達の関係みたいで悲しかった。
大好きな和矢との暮らしは思っていたものとは違う方へ違う方へと行ってしまっているような気がした。
頼まれてもバイトの時間を伸ばすのはもうやめようとあたしは心に誓った。

翌日、和矢は「おはよう」とだけ言うと静かに出かけて行った。
具合も悪そうだったし、話は夜にしよう。
家事を済ませてあたしはバイトに向かった。


「池田さん、今日も18時までお願いできないかな?」


今日こそは断ろうと心に決めていた。
あたしは大きく息を吸い、思い切って事情を話した。


「そういうことなら仕方ないか。ていうか実は今日は棚卸しなんだけど、誰も出てくれなくて困っててさ。今日だけ。もう二度と頼んだりしないからさ。今日だけ頼むよ」


「でも……」


「本当にこれが最後。棚卸しも18時まではかからないと思うし、なるべく急いで終わらせるからさ」


「だったら17時ぐらいまでなら」


すると店長は調子良くあたしの肩をポンポンと叩いた。


「いつも悪いな。でも本当に助かるよ」


「本当にこれで最後にして下さい」


「わかったよ。今日が最後ね」


17時までなら和矢より先に帰れるし、夕飯も作れる。これが本当に最後。
15時を過ぎると他のパートさん達が次々と帰ってしまう。
ここからはほとんどお客さんも来ないからあたしは溜まっていたお皿を洗いながら17時になるのを待つことにした。
ところがホールから団体客が入店したと告げられてしまった。
げっ……。
レシピを見ながらなら何個かは作れるようになったけど一気に来たら手に負えない。


「12名だって。池田さん、店長呼んだ方がいいよ」


「でも棚卸しをするって言ってたので」


そうこうしている間にピピっと注文が入ってきた。気が遠くなるほどの長い伝票がプリンターから出てきた。
伝票には数種類の料理名がズラッと並んでいた。
狼狽えているあたしに追い討ちをかけるように更にピピっとオーダーが入ってきた。
こりゃお手上げだわ。
あたしは急いで店長を呼びに行った。


「こんな時間に団体とは珍しいな」


言いながら店長は伝票を見ると、あたしに
点心とポテト、サラダを作るように指示をし、自分はメインに取りかかった。
20分ほどで全ての料理を出し終えた。


「また何かあったら呼んで」


そういうと店長はまた棚卸しに戻って行った。そこからはいつものように注文もなく、あたしは洗い場を片付けていた。
洗ったお皿も元の位置に戻し終わり、ふと時計を見ると17時を過ぎていることに気づいた。
慌てて店長に言いに行くと、途中で呼ばれたせいで棚卸しが押しているから少し待ってと言われてしまった。


「あとどれぐらいですか?」


「もう少しだよ」


少しとかじゃなくて何分か?って聞いているのにと思いつつ、そんなことは言えずにあたしは時計の針と睨めっこをしながら作業台を拭きながら店長の戻りをひたすら待つしかなかった。
18時になると学生さん達が出勤してきてあたしはやっと帰ることができた。
結局お店を出たのは18時過ぎだった。
スーパーに寄る時間も惜しい。今日はある物でどうにかしよう。
冷蔵庫には何があったかしらと考えながら家に帰ると明かりが付いていた。
心臓がドクンといった。
一昨日のことが頭をよぎった。
早かったね、は言えない。
遅くなっちゃった……は違うかな。
素直にただいま、とだけ言えばいいのだろうか。
ノブに手を掛けたまま数秒そんなことで悩んでいる自分に何をしているんだろうと思った。
息を吸い、玄関を開けた。
和矢も帰ってきたばかりのようだった。
あたしは靴を脱ぎ、着替えている和矢の背中に向かって明るく声をかけた。


「ただいま、すぐに夕飯の準備するね」


すると和矢は振り返り、あたしをじっと見た。


「マリナ……お前さ、本当はバイトじゃなく……いや、やっぱいいや」


今のはどういう意味?!
まさかあたしがバイトって言ってどこかに遊びに行ってるとでも思ってるの?!
和矢から滑り出した言葉は鋭い刃のようにあたしの心に突き刺さった。
たかが野菜を切ってお皿を洗ってるだけのバイトだけど、それでも一生懸命やってるのに、和矢はそんな風に思っていたの?!
途中で言葉を止めるぐらいなら最初から言わないでよ。


「何言ってるのよ!バイトに決まってるじゃない。遊んでるとでも思ってたの?!」


疑われていることが悔しかった。
思っていた以上に強い言葉が出てしまった。


「だったら何で毎回こんな時間になるんだよ」


和矢がこんな風に言ってくるのは初めてだった。
ずっと何も言われなかったけど、帰りが遅いことに不満があったんだわ。


「少し残れないかってよく頼まれるのよ」


「バイトだったら断れるだろ?」


「断りづらいのよ」


「本当にそれだけか?」


和矢は何を言おうとしているんだろう。


「どういう意味よ」


「誰かと会ってんじゃないのかって意味だよ」


誰かって、まさか浮気してるんじゃないかってこと?!


「ばっ、バカなこと言わないでよ。今日だって団体客が来たから大変だったのよ。店長が棚卸しを中断したせいでなかなか帰れなくて遅くなっちゃっただけよ」


「ありがちな、良くできたシナリオだ。一体誰の知恵?」


「何よ、それ……」


二人の間に無言の時が流れた。


「ごめん、言い過ぎた。頭冷やしてくる」


そういうと和矢は勢いよくジーパンと白シャツに着替えて出て行こうとした。


「和矢?!」


靴を履きかけていた和矢はふと動きを止め、少しだけ振り返った。

「ごめん、俺どうかしてる」

 

 


つづく

 

君と蒼い月を 3

あたしは15時までの仕事で、主に野菜を切ったりする仕込みと、皿洗いが中心だった。慣れない作業に、終わる頃にはもうクタクタだった。
それでも帰ったら夕食を作らなきゃいけないし、洗濯物だってしまわなきゃいけない。想像していた以上に疲れる。
それを思えば朝から晩まで働く和矢を尊敬した。
そんなある日、15時であたしと入れ替わるはずのバイトの子が風邪をひいたとかで休みたいと連絡が来た。
店長とその子の二人で営業するシフトだったから、店長は大きなため息をついた。
それからあたしと目が合った。

「池田さん、悪いんだけど18時までちょっと伸びられないかな。じゃないと学生達が来るまで俺一人なんだ。さすがにきつくて」

「でも、あたし調理とかまだしたことなくて」

すると店長は笑顔を見せた。

「大丈夫。俺がいるし、教えながらやるから。とりあえずはお皿洗っててくれればいいんだ」

そういうことなら、18時までなら居られないこともないか。
店長も困ってるみたいだし、この状況では断りづらいのもある。

「じゃあ18時までなら」

「悪いね、助かるよ」

この日の夕飯はお惣菜を買って帰った。
さすがに作る元気はなかった。
お皿に移しただけのおかずだったけど、和矢は特に何も言わなかった。
だけど一度いいと言ってしまうと当てにされるというのが最近の悩みだった。

**

「ごめん、18時まで頼むよ」

「でもこの前もだったので家のことができなくて……」

「たしか明日は休みだったでしょ?明日頑張れば大丈夫だよ。本当はもっと仕事を覚えてもらいたいんだけど、覚えるのって個人差があるじゃん。だけど池田さんは時間の融通効くから、あんまり言わないようにしてんだよね。だから逆にそこを自分の強みにしようよ。ね、どう?」

確かに仕事の覚えはかなり悪くていつも申し訳ないなとは思っていた。
それでもキツく言われないでいたのはそういうことだったのかと初めて知った。
半強制ではあるけど、仕方ないか。
ここまで言われて断れるわけがなかった。

「わかりました。じゃ18時まで」

「悪いね、いつも助かるよ」

店長は親指を立ててグッドのエールを飛ばしてきた。
18時になると急いで買い物を済ませ、お惣菜の袋を下げて帰宅した。
すると和矢が先に帰ってきていた。

「今日は早かったんだね」

「俺の帰りが早いと何か都合でも悪い?」

「え?」

和矢は惣菜の袋をチラッと見た。

「それを買うためにバイトしてるの?」

「何、その言い方……」

悔しくて涙が出そうになる。

「風呂入ってくる」

和矢はそう言うと浴室に消えて行った。
同棲してから初めての喧嘩だった。


つづく