ふと目が覚めるとぶるっと寒気を感じた。
いつの間にか仕事部屋のソファで寝てしまっていたんだわ。
ゴホッ…ゴホッ…。
く、苦しい……。ゴホッ…
明日の朝には3日ぶりにシャルルが帰ってくる。
ほんの3日だけなのに心が落ち着かない。
夜の闇に吸い込まれそうな、孤独を感じて泣きたい気持ちになる。あぁ…何やってんだろう…
熱も上がってきたみたいで、ボーっとしてきた。とにかく寝室に行ってきちんとベットで寝ないと。
フラフラした足取りで寝室へ向かい倒れるようにフカフカのベットにドサッと横たわる。動いたせいで咳がますます酷くなってきた。
やだっ…咳で息が苦しい…。
誰か呼ばなきゃっ。
内線電話を掛けると、受話器の向こうで「何か軽食をお持ちしましょうか?」と使用人の人が対応してくれる。
「そ、そうね」とつい言ってしまったけど違うのよっっ!!そうじゃないのよ!!いつも何か軽食をお願いしているから勘違いしたようね…。
私は慌てて「誰…来て…ちょ…だ…」と言ったけどゴホッゴホッゴホッ…咳のせいで上手く話せない。伝わったかな?
不安だったけど待つしかない……
しばらくすると部屋の扉が勢いよく開けられて誰かが駆け寄ってくる。
「マリナさん大丈夫ですか?」
ジルーーーっ!
シャルルと同じ青灰色の瞳が心配そうに見つめる。内線電話で違和感を覚えた使用人がジルに報告したんだって。
「すぐにアルディ家の専属医がこちらに参りますよ。もう安心して下さい。あぁ、可哀想に…こんなに熱があって辛いでしょう」
ジルは額の汗を薔薇の香りがする綺麗なお花柄のハンカチで拭いてくれた。
まもなく専属医長アベルが、いかにも医者らしく白衣姿で到着する。
年は40代半ばといった感じのダンディなオジサマ風。アルディ家にはアベルを医長とする医療チームが存在し、一族の体調管理を一手に担っているんだって。
私の側へ近づくと、シーツから私の左手を取り出そうと手を伸ばした時に、部屋の扉がバーンッと物凄い勢いで開き、白金の髪を乱してシャルルが入ってきた。
「アベル、離れるんだーーっっ!!」
あまりの剣幕に私はベットから転げ落ちそうになりジルに助けてもらった。
こ、こ、こわいっ!!
アベルは一歩、二歩と私から素早く離れる。
「あとはオレがやる。下がってくれ。」
彼は一礼して部屋を後にする。
「シャル、ル…ケホッ、どうし……帰り…ケホッ…」
「あぁマリナ、あまり喋ると窒息するぞ。
上気道炎から来る急性気管支炎だろうな。呼吸はゆっくり小さくするんだ。点滴と薬ですぐに楽になる。念のためにレントゲンを撮るよ」
レントゲンも終わり部屋へ戻ってくるとシャルルは手早く点滴をし、薬を飲ませてくれた。しばらくすると咳も治まり、解熱剤も効いてきてかなり楽になってきた。
「帰りが早まったのね」
私が言うと、
「パーティを早く切り上げられたから待機させてあったプライベートジェットで戻ったんた。君に逢いたくてね。」
頬にそっとキスをするとなぜかシャルルはムッとしなから続ける。
「本邸に戻ると医療チームはバタバタと動きはあるし、連絡は入れたがジルは出迎えに現れない。執事に聞くと君が倒れたって聞かされて飛んできたんだ。
そしたらアベルが君に触れていたのが見えたんだっっ!」
触れていた…ってそれは診察じゃない…?
しかも手よ。触れてもいなかったわよ。
でも、それだけ心配してくれたってことよね。プライベートジェットで帰ってきてくれたんだもん。やっぱりここは素直にお礼をいわなきゃね。
「シャルル、心配かけてごめんね。あんたが居なくてとっても寂しかった。でも今夜こうして帰ってきてくれてすっごい嬉しいわ。」
せつなげな光を青灰色の瞳に浮かべると、そっと天使のようなカーブを描いた頬を傾け甘美な感じの唇を私の唇に重ねた。
触れるだけの優しいキス。
「一人の夜が絶えられなくてね。君の元へ戻らずにはいられなかった。今夜は一緒に寝るよ。あぁ、心配はいらない。何もしやしないよ。治ったらたっぷりと付き合ってもらうからね。今夜はゆっくりおやすみ。
」
そう言うとシャルルは天使のように微笑んだ。
ーー互いの温もりを感じながら眠る二人を今夜も月が照らすーー
fin