きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

忘れられないもの13

外に出て辺りを見渡したけどまだ高瀬さんはいなかった。
梅雨に入ったせいかジメジメとしていて体に纏わりつくような湿った空気が気持ち悪い。どんよりとした空からは今にも雨が降り出しそうだった。
と思っていたらポツンと鼻先に何かを感じて見上げるとポツポツと雨粒がこっちに向かって落ちてくるところだった。
げっ!あたし傘持ってこなかった。雨が降るなんて聞いてないわよ!
まったく今日は何だかついてない。
編集社には出入り禁止になるしネームプレートは家に置いてきちゃうし……あっ、でも夕食はご馳走になるから悪い事ばっかりじゃないか。
あたしは通用口のすぐ横の屋根がある駐輪場で雨宿りして待つ事にした。
ほどなくして高瀬さんが出てきてあたしの待つ駐輪場へと駆け込んできた。

「お待たせマリナちゃん。雨降りだしてきちゃったね。車すぐそこだからとってくるよ」

「あっ、あたしも行きます」

「女性を雨の中、歩かせるわけにはいかないよ」

高瀬さんはそう言うとまた駆け出していった。高瀬さんって本当に優しくて穏やかな人。小児科が専門なのも納得だわ。
きっと手術とか血とかダメなタイプかもね。お医者さんって言っても色々なのね。顔色一つ変えずに人の腕を薄切りにしてプレパラート作っちゃう人もいるのにね。
でもシャルルが優しくないわけじゃない。ううん、むしろ優しいなんて言葉ではいい表せないぐらい。いつだって自分の事よりもあたしを命がけで守ってくれた。今ごろどうしているかな……。

いつもの生活を取り戻したあたしは気付くとシャルルの事ばかり考えるようになっていた。
ずっと一緒にいると言っておきながらあたしはシャルルの手を放してしまった。そして和矢と二人でシャルルを見送った。あの時シャルルがどんな気持ちであたしを自由にしてくれたのかなんて考えもしなかった。
後悔……そんな言葉が胸の奥で常に燻るようになっていた。せめてシャルルが当主に戻れるまで見守るべきだった。
あたしはいつの頃からかそんな事ばかりを考えるようになっていた。
ぼんやりとあの時の事を思い出していると目の前に白い車が停まった。


「マリナちゃん、お待たせ。さあ、乗って」


あたしは高瀬さんの車に乗り込んだ。
車は静かに走り出してフロントガラスに打ち付ける雨は激しさを増し、ワイパーの動きもそれに合わせるように忙しなく動き出す。

「だいぶ降ってきたね。急に暑くなったから大気の状態が不安定になったんだね。」

「本当に急に降り出しちゃいましたね」

たわいもない話をしながら車はしばらく走った。高瀬さんはすぐそこにお店があると言ってた割にはだいぶ走っているような気がする。
沈黙が少し続いて気まずい空気が車内に漂い始めた頃、高瀬さんが照れたように口を開いた。

「ごめん。すぐそこなんて言ったけど実はもう少しかかるんだ。時間は大丈夫?」

あたしはその言葉に少し驚きながらこの後も特に用事があるわけじゃないから時間は平気だと伝えた。

「すぐそこって言えばマリナちゃんが来てくれるかなって思ってね。よく行くお店なんだけど凄く美味しいところなんだ。あと少しで着くからね」

「あたしにそんな気を使わなくても良かったのに」

そんな風に言われると何だかあたしは擽ったいような気持ちになった。
しばらく走ると大きなビルが立ち並ぶ通りに出た。そしてあたしでも知っている
一流ホテルの地下駐車場へと車は滑り込んでいく。雨のせいなのかコンクリートの床とタイヤが摩擦でキュッキュと音を立てる。その音に合わせるかのようにあたしの胸はザワザワと音を立て始めていた。

ここって、ホ……ホテルっ?



つづく