夢から覚めて6
冷たい手があたしの頬に触れてハッとして起き上がると青灰色の瞳があたしをじっと見つめていた。
「夕食の時間も忘れて眠りこけるなんて君にしては珍しいね。」
「もう、夕食の時間っ?!
やだ、何だか疲れてたみたい。」
あたしはソファに座りなおして肩をさすりながら答えた。
「今日は何をしていたんだい?」
うぅ…答えられないじゃない。
ポールにフランス語を習ってるなんて言えないし、ここは上手くごまかすしかないわね。寝起きで動きの鈍い頭をなんとか使ってそれっぽい事を言った。
「お屋敷の中をスケッチして歩いていたのよ。マンガの背景に使えるかなって思ってね。」
シャルルは鋭い視線をあたしに向けた。
「背景画ならオレが教えてあげるよ。
描いたものを見せてごらん。」
げっ…!そんなものないわよ。
シャルルがテーブルの上のスケッチブックに視線を移した。
あたしは焦って立ち上がりテーブルに駆け寄ってスケッチブックを慌てて引き出しにしまった。
「たいした絵じゃないから今日はいいわよ。本番の時にお願いするわ!
それよりシャルル、会食はどうしたの?」
たしか今夜は何とかって人と会食するからあたしは一人で食事をするように言われていたのよ。
それなのにここに居ていいのかしら?
「それよりももっと大切な用事が出来たからキャンセルしたんだ。」
あら、そうだったのね。
それにしてもシャルルの様子がいつもと違う。
「で、その用事は済んだの?」
シャルルはあたしのすぐ目の前まで歩み寄って来た。
「いや、それがまだなんだ。」
そう言ってあたしをそっと抱き寄せた。
「Je t'aime plus que tout.(何よりも君を愛しているよ。) 」
耳元に流れてきたのは流暢なフランス語だった。それからあたしを覗き込んで
「分かる?」って言った。
あたしは思わず「へ?」と間抜けな声を出した。今、分かるかって聞いたよね?
もしかしてシャルルはあたしがフランス語を勉強してるのを知っているの?!
「あんた知ってたのっ?!だけどまだ文章は分からないわよ。」
あたしがそういうとシャルルは内ポケットから一枚の紙を取り出してあたしに見せた。
「これがソファの前に落ちていたよ。」
それは寝る前に眺めていた動詞の活用表だった。そして更にもう一枚取り出した。それはあたしが落書きしたあのプリントだった。
「どうしてそれをシャルルが持ってるの?」
シャルルとポールは直接一緒には仕事はしないはずよ。だってポールはジルの秘書だもん。
それがどうして?とあたしは思ったんだけど、それを言ったらシャルルはちょっとムッとした顔をして言った。
「フランス語を勉強してくれていたのは嬉しいよ。だが、男と二人きりでゲストルームに籠るのはナシだ。
ずいぶんと楽そうな笑い声が外まで溢れていた。」
それでシャルルは仕事を放っぽり出してジルの執務室に向かったらしいの。
その時にこれを見つけたって。
「だってこの部屋にポールを呼ぶわけにもいかないでしょ?」
「当たり前だ…。」
呆れたようにシャルルは言った。
勉強することにばっかり頭がいっちゃっててポールと二人きりになってたことなんて気にしていなかった。
「オレに言えば良かったのに。明日からはオレが教える。」
「だってあんたを驚かせようと始めたんだもの。」
「ポールと居たことの方が驚くよ。」
つづく