とにかく今はマリナの現状を確認しておきたかった。
11桁の数字の羅列…
間違いなく携帯番号だ。なぜマリナはポケットに入れていたのか。
相手は女か、男か…。
変えてなければの話だが、この番号は和矢ではない。余程の事がなければ通常変えることはない。ヤツは何年も同じ番号だったし、変えたとは考えづらい。
オレの心は荒波に揺られた船のように大きく乱され翻弄されていた。この小さなメモに振り回されてる己が滑稽だった。
このシャルル・ドゥ・アルディが小さな紙を震える手で握りしめてる。
一体何に怯えていると言うのか…。
いや、解っている。
過去の物としたマリナへの想いから、見知らぬ人物に嫉妬しているのだ。恋人、友人…。
オレが考えるにあのメモはパリに来る途中、またはパリに来てから貰ったものだろう。パリにオレ以外の知り合いがそんなにいるとは思えない。
カーク・フランシス・ルーカス…彼とはパリに戻った時から交流を再開していたが彼の番号とも違う。
嫉妬か…人の欲望から来る感情。オレはまだ人間らしい感情を持ち合わせていたと言うことか。
マリナの行動一つでオレは乱されている。あの日、彼女に別れを告げてからは当主への復権にオレは全てを捧げていた。アルディ家の当主である事、あり続ける事を何より誇りに思い、これまで尽くしてきた。人の心は捨てたはずだったのだが…。
内線電話を手に取りジルを呼び出し、すぐに現れたジルにそのメモを手渡した。
「調べてくれ。何者なのか。」
それだけ伝えた。
「分かりました。」
絹糸のような綺麗な金髪をなびかせて身を翻すと部屋を後にする。
オレは何を知りたいのか…。
何も明らかではない現状での予想は避けるべきだ。オレは逸る気持ちを抑えた。
翌日には携帯の持ち主が判明した。
日本人女性、真理江。20歳。東京在住。
ジルはナンバーからアルディ家の情報網であっという間に基本情報を調べた。まだ連絡は取っていないとの事だった。
オレは携帯の持ち主が女性と判明し、肩の力を抜いた。自ら調べる事も出来たがそうはしなかった。
安堵から希望の光に縁取られた幸福感を噛み締めていた。こんな些細な事でさえオレは歓喜していた。
「ご苦労だったな、ジル。ではその女性に接触し、マリナとの接点を探ってきて欲しい。手段は君に任せる。以上だ。」
「了解致しました。シャルル良かったですね。」
ジルはふわっと笑顔を見せて姿勢を正し、一礼をすると部屋を出て行った。
パリに戻ってからというもの、ジルとこうして会話をするのも久しかった。
マリナはいつだってオレに不安と希望を運びこむ。まるで光と影は対であると教えるかのように。
つづく